平成なぜ公務員をやめたのか・・・なぜ公務員をやめたのか?・・・22年3月発行 那覇市立病院医学雑誌 創刊号



平成22年3月発行 那覇市立病院医学雑誌 創刊号 
なぜ公務員をやめたのか 
那覇市立病院 副院長 
久高弘志 
                      
要 旨 

 那覇市立病院は,平成20年4月より全国自治体病院に先駈けて地方独立行政法人となり,それに伴い職員の身分も公務員型から非公務員型となった。公務員の定数条例から解放され,97人の看護師を正職員に採用し,7:1看護加算を取得出来た。また,看護師以外の職員も安定して確保することが出来るようになった。 
 独法化後経営状態の改善が見られ,総務省の病院経営改革事例集のなかで那覇市立病院が経営改革成功例として紹介されている。 

Key Words: 自治体病院,地方独立行政法人,非公務員型,病院経営 

はじめに 

 那覇市立病院は,平成20年4月より全国自治体病院に先駆けて地方独立行政法人となり,それに伴い職員の身分も公務員から非公務員となった。 

創設後の病院経営の悪化 

 昭和55年の創設以来赤字が続き,平成6年には累積赤字が60億円,不良債務が14億3千万円にもなり,民間企業であれば倒産という状態であった.市議会からは那覇市立病院を廃院し,県立病院との統合または民間移譲すべきという意見まで出る状態であった。 
 そこから職員が危機感を抱き,まずは小牧市民病院,陶生病院などの優良自治体病院の病院見学を行い,教えを請うことから始めた.そのとき言われたのは,市民から信頼される病院でなければ自治体病院としての存在意義が無く,信頼されるには救急医療を充実させることだと教えられ,意識改革が始まった。 

経営状況の好転化 

 平成7年には当時の自治省から病院経営健全化団体の指定を受けて,5年間で不良債務の14億3千万を解消しなさいという目標を示された.待ったなしの経営改革がはじまり職員が危機意識を共有した.特にピーク時には一次救急患者が年間6万3千人と全国でも有数の救急患者の多い病院となり,市民から信頼される病院へと変わった。それに伴って経営状況も好転していき,3年間で不良債務を解消することが出来た。 

経営の再赤字化 

 その後黒字を続けてきたが,平成18,19年と再び赤字に陥った。その主な原因は公務員定数に縛られて7:1看護加算を取得出来ないことであった。それに加え看護師の約30%を占める非常勤看護師が辞めて,10:1看護加算の維持も困難になり病棟縮小に追い込まれそうにもなった。 
 また,公営企業法全部適用の公務員のままだと,単年度予算主義,迅速で柔軟な意思決定が出来ない,めまぐるしく変わる診療報酬に対応ができない等の弊害があった.その理由の1つが,3~4年で事務職員が交代し,専門職が育ちにくいためであった。 

独法化への選択 

 自己責任で迅速で柔軟な病院運営をするために病院自ら非公務員型の地方独立行政法人の道を選択した.そのことによって97人の看護師を正職員に採用することが出来た.平成20年10月より,7:1看護加算を取得することが出来,大幅な入院収益の増加となった。 
 また,看護師だけでなく,その他の職種の人材も安定して確保することが出来るようになった.経験のある専門的知識を持った事務職員を病院のプロパーとして採用したり,経験のあるコメディカルを正職員として採用することが出来た。 
 今現在,全国の自治体病院は公益性と経済性の狭間で,赤字に苦しんでおり,総務省は公立病院改革ガイドラインの策定を義務付けて,病院経営改革事例集の中で那覇市立病院が経営改革成功例として紹介されている。 

おわりに 

 われわれ那覇市立病院は地方独立行政法人とはなったが,那覇市直営の公立病院であり,市の医療行政とも協力し,今後とも公益性と経済性を両立させ那覇市民の健康を守るために日々努力していきたいと考えている。