医療ツーリズム元年(1)「注目浴びる検診ビジネス



検証 医療ツーリズム元年(1)「注目浴びる検診ビジネス」 
2010年5月2日 10:00 キャリアブレイン 


 韓国人の男女2人が、3月27日から2泊3日の日程で、秋田県を訪れた。検診と観光を組み合わせた医療ツーリズムの実証事業の参加者だ。 

 初日は、武家屋敷などで知られる角館市街を散策し、2日目に秋田市内の工藤胃腸内科クリニックで検診を受診、3日目に市内でショッピングを楽しんでから帰国するというプラン。受け入れには同クリニックのほか、県観光課や秋田キャッスルホテル(秋田市)などが連携して当たり、今回は韓国の旅行会社のスタッフがモニター参加した。 
 検診の結果、異常は見付からなかったが、参加者らは「施設の充実ぶりに驚いた」と、満足した様子だったという。 

 秋田-ソウル間の航空便は2001年10月に就航し、現在では週3便運航している。片道2時間ちょっとという手軽さもあってか、冬季の週末には、ウィンタースポーツを海外で楽しむ韓国人観光客で約150人乗り旅客機の搭乗率は8割ほどと好調路線だ。 

 昨年には、韓国の人気俳優が主演のテレビドラマで秋田県がロケ地になり、来日韓国人が激増した。ロケ地をめぐるツアーでは、旅客機を295人乗りに変更してもなお、キャンセル待ちが出る盛況ぶりだった。これが秋田の知名度向上につながったと関係者らは見ている。 
 工藤胃腸内科クリニックの特別顧問を務める工藤進英医師は、「日本では、地方にも相当高度な技術を有する医療機関があるのが強み。都市部にあるごく一部の病院が優れているアジア諸国と異なる」と話す。 

 ただ、工藤医師は危惧も抱いている。「医療ツーリズムは、既に世界規模で大きな市場になっている。日本でも優れた医療が提供できることを強くアピールして競争にさらしていかないと、ガラパゴス化してしまう」。 


■中国・蘇州から長崎に40人 

 長崎市では1月29日-2月1日、検診に観光を組み合わせたツアーの実証実験を行い、上海から9人が参加した。 
 事業の推進役を担ったのは、市や国際観光コンベンション協会、市商工会議所、医療系ベンチャー「アンドメンタル」などで構成する「ナガサキ・ウェルネス・ポート協議会」。 
 協議会の座長は長崎大医学部の小澤寛樹教授が務め、研修目的で同大を訪れている中国人医師らがボランティアで通訳を担当した。ツアー参加者からの評価は前向きなものが多かったという。 

 実証事業を受けて同市では、検診ツアーを6月から本格的にスタートする予定だ。今後、九州地方の他県の医療機関にも連携を呼び掛けることも検討している。 
 ターゲットは、個人ビザが昨年解禁された中国の、中堅ビジネスマンや富裕層。参加費には50万-60万円程度を想定している。ほかの検診ツアーとの差別化を図るため、日本の経済や金融の最新事情を学ぶ「ビジネス研修」をプランに組み込むという。 

 第一陣として、蘇州から約40人が参加することが既に決まっている。さらに、中国国内の旅行会社が上海市内で開いた説明会には70人ほどが参加したといい、アンドメンタルの鶴田祐二部長は、蘇州と同程度の参加を見込んでいる。 


■成田を医療ハブに 

 千葉県内の医療関係者らでつくる「医療構想・千葉」(竜崇正代表)が2月7日、成田市内で開いたシンポジウムの会場には、医療、旅行業界、行政の関係者ら200人以上が集まった。 
 シンポジウムでは、成田空港と県内の医療機関をつなぐ「成田医療ハブ化構想」を竜代表が提唱すると、小泉一成市長も席上、「空港周辺の土地を利用した医療機関の立地の可能性も十分に考えられる」「海外の空港と一体での新しいサービスも考えられるのではないか」などと語った。 

 政府が昨年末に閣議決定した新成長戦略の基本方針では、医療サービスと観光を組み合わせたメディカルツーリズムを、アジアの富裕層をターゲットに推進する方向性を示した。6月には、より具体的な新成長戦略を示す見通しだ。こうした国の動きを後押しに、自治体や医療、旅行業界の関係者らが医療ツーリズムに熱い視線を送っている。 

 「海外から患者を呼び込め」。日本の医療界を巻き込んだ新たな試みが注目を集めている。医療ツーリズム元年の各業界の取り組みを探った。 

(この連載は田上優子、兼松昭夫が担当します) 


検証 医療ツーリズム元年(2)「検診へのニーズどれだけ」 
2010年5月3日 10:00 キャリアブレイン 

■「独自色のアピールを」 

 鹿児島市の相良病院では、地元の観光協会やホテルと連携して、検診サービスと観光を組み合わせたツアーの提供を企画している。 
 同病院は、婦人科や乳腺科などがメーンの「女性のための専門病院」。 
 運営主体の特別医療法人博愛会の担当者は、「地域医療をカバーするだけでなく、今後は海外を含めた地域外のニーズにも対応していきたい」と話す。海外の患者の受け入れ実績はまだないが、引き合いがあれば、国内の患者と同じ料金で対応する方針だ。 

 医療ツーリズムが活発になり、海外の市場を開拓できれば、日本の医療機関にとって新たな生き残り戦略につながる可能性があると、多くの関係者が期待している。 
 課題もある。 
 シンガポールやタイ、韓国といった医療ツーリズムの「先進」諸国に、後発組の日本がどこまで太刀打ちできるかがそもそも不透明だ。「治療=欧米」「健診・検診=シンガポール・タイ」「美容=韓国」といったように、これらの諸外国はそれぞれの強みを発揮して海外の患者を獲得している。 
 近年では、中国も医療技術や医療機器の水準を急速に向上させている。日本の医療ツーリズムでは、中国の富裕層をターゲットに想定して健診・検診と観光を組み合わせるケースが多いが、果たしてこうしたサービスで日本にどれだけの優位性があるのかもよく分からない。 

 実際、旅行会社大手JTBグループの「ヘルスツーリズム研究所」が中国人富裕層を対象に行ったインタビューでは、「日本の医療の優位性が不明確」などといった指摘が多かった。同研究所の高橋伸佳所長は、日本ならではの独自色をどれだけアピールできるかが、新規参入の成否のカギになるとみている。 

 医療領域での情報連携支援などを手掛けるアクセンチュア(東京都港区)の市川智光氏は、「健診や検診の文化がなく、健康診断で異常が見付からなかったら『お金を返せ』という考え方の国もある。相手国の医療に対する文化的な背景も含めた取組みが求められるのではないか」と指摘している。 


■「安易なビジネス論」に懸念も 

 ビジネスとしての側面を強調して医療ツーリズムが語られる日本の現状に、危機感を抱く関係者もいる。 
 諸外国の医療ツーリズムの取り組みに詳しく、韓国やマレーシア政府の実質的なアドバイザーを務める日本旅行医学会の篠塚規専務理事は、外国人患者の受け入れについて、「いいことだけでなく実際にはトラブルも多い。日本では、海外の失敗例を知らずに議論している。安易にビジネスととらえると、(日本の医療ツーリズムは)数年で廃れてしまうのではないか」と危惧している。 

 医療ツーリズムの活性化を図るには、経済の側面だけでなく、▽国際的な標準から外れていないか▽医療現場にどれだけの余力があるか▽医療倫理から逸脱していないか▽患者や医療機関にどのようなリスクがあるか-などを詳しく分析する必要があるというのが篠塚氏の考え方だが、現状は「思い付きだけで動いているように見える」。 

 例えば言葉の問題だ。一歩間違えば健康や命に直結しかねないだけに、医療用語はそれぞれの国の言葉に、正確に翻訳・通訳する必要がある。通訳者のスキルを担保しようと新たな資格をつくろうとする動きもあるが、篠塚氏はこうした取り組みに慎重なスタンスだ。医療通訳の肩書きを悪用して、外国人患者を特定の病院に誘導して報酬を受け取ったり、急病の外国人に法外な料金を請求したりするケースを他国で実際に見てきたからだ。 

 「海外では、患者側が自分たちで医療通訳を用意したり、ボランティアスタッフを活用したりしている。通訳者を教育するのはいいとしても、資格をつくる動きは国際的なスタンダードから逆行する」と篠塚氏は指摘する。 

検証 医療ツーリズム元年(3)「言葉をつなぐ」 
2010年5月4日 10:00 キャリアブレイン 


■医療通訳士養成、難易度高い講義 

 「日本語の『上皮小体』は、そのまま読むとシャンピーシャオティですが、通訳としては間違っています。中国語で上皮小体は『甲状傍腺(ジャージョウパンシェン)』、これが正解です」。 

 東京都千代田区の語学スクールで行われている中国語の医療通訳養成講座の一コマ。講師が受講生に示すのは、人体の構造をイラストで図解した日本語のテキストだ。 
 受講生は、臓器や各器官の名称を日本語と中国語の両方で確認しながら、それぞれの仕組みや他の臓器とのかかわり、病気の種類や治療法に至るまでを学ぶ。中国語が母語の受講生でも、講義に付いて行くのに必死だ。 
 講師は現地の医師免許を取得している中国人で、日本の大学でも研究歴が20年以上に及ぶ。このため、日本語での解説も実に流ちょうだ。 
 受講生10人の年齢層は30-50歳代で、8人が中国人。医療通訳を目指す動機もさまざまだ。観光通訳として長年活躍してきたが、病院での通訳を頼まれたものの専門知識が無く、言葉の解釈をめぐりトラブルになりかけた苦い経験を持つ人もいるという。 

 講座を開いた東京通訳アカデミーの岡村寛三郎学院長は、医療ツーリズムが世界規模で急激に広がる中、近い将来、日本国内でも医療通訳の需要が高まるとにらんでいる。昨年9月に開講して1期生を募ると、中国語のクラスには12人が集まった。 
 医療通訳に必要な知識を体系立てて教えるノウハウや前例がなく、すべてが手探りの状態だ。岡村氏は「命にかかわわる医療現場が活躍のフィールド。知識が足りないよりは必要以上の知識を身に付けてもらうため、難易度は高くせざるを得なかった」と話す。 

 現在の2期生は、今年3月からの4か月間で必要な知識を習得し、7月にはアカデミー独自の技能検定試験を受ける。これまでに試験に合格した1期生たちは、国内に仕事が少ないため、中国の邦人系病院などで医療通訳として働いているという。しかし、今後は日本国内でも、医療機関や地方自治体、旅行会社などで医療通訳が求められる可能性が高い。 
 岡村氏は「受け入れからアフターケアまで、言葉をつなぐ役割はすべての段階で重要。医療通訳の養成が、国内の医療ツーリズムの成否を分けるといっても過言ではない」と意気込みを見せる。 


■経産省、課題解決策を検証 

 医療ツーリズムを軌道に乗せようと、官民が共に動きを活発化させている。 
 経済産業省は4月、日本による医療ツーリズムを発展させる上での課題を明確しようと昨年度に実施した「国際メディカルツーリズム調査事業」の報告書を公表した。医療ツーリズムへのニーズが高く、地理的に日本に近いロシアと中国を「有望な市場」となる可能性が高いとする内容だ。 

 報告書では、外国人患者の受け入れ拡大に向けた課題として、▽医療ツーリズムを行う医療機関の裾野拡大▽海外の保険会社との連携▽帰国した患者からの問い合わせ対応などのアフターフォローの充実▽日本の医療の認知度向上-などを挙げている。 

 同省では今年度、これらの課題をどう解消していくか、検討を本格化させる。既に、外国人を受け入れる医療機関が整備すべき体制などについて、厚生労働省との話し合いを始めたという。 
 同省の担当者は「国として応援できるところはしていきたい」と話している。 

 全国の民間病院などが加盟する全日本病院協会は昨年度、「国際メディカルツーリズム事業委員会」を立ち上げた。今後、中国人やロシア人をターゲットとした医療ツーリズムの実施施設向けに、認証制度の検討を進め、年度内に方向性を出すという。 
 医療ツーリズムに取り組む施設が取得する認証としては、JCI(Joint Commission International)が知られているが、全日病委員会の神野正博委員長は「中国人やロシア人をターゲットにするなら英語でパンフレットを書く必要はない。中国人が納得するJCI以外の認証システムが必要だ」と話す。 

 旅行業大手のJTBは、医療ツーリズムを専門に扱う「ジャパンメディカル&ヘルスツーリズムセンター」を4月に設置し、海外の患者からの受診予約や医療費の精算管理、通訳、送迎、宿泊手配などを代行する一体的なサービスの提供を始めた。 
 外国人患者の売れ入れに当たっては、医療サービスを提供したものの、料金を回収できなかったり、受け入れを仲介した業者が逃げたりするケースもあるという。同社の担当者は「患者さんの受け入れから料金の決済まで、医療機関をサポートしたい」と話している。 

 国の後押しを背景に、関係する業界の動きが活発化している。ある関係者は「今年は医療国際化元年」と表現する。アクセンチュアの杉村知哉氏は「いろいろな課題があるが、日本の医療ツーリズムは始まったばかり。日本の医療が世界に貢献できるのは喜ばしい」と期待している 


検証 医療ツーリズム元年(4)先端医療を日本から世界に 
2010年5月5日 10:00 キャリアブレイン 

 神戸港内に浮かぶポートアイランドの一角、「先端医療センター」などが立ち並ぶ医療エリア―。来年春には、「神戸市立医療センター中央市民病院」(912床)が700床規模にダウンサイジングしてエリア内に移転・開院する予定だ。 

 その後は、神戸国際フロンティアメディカルセンターなど高度専門病院を周辺に集積する。将来的には、先端医療センターが保険外診療を、フロンティアメディカルセンターなどが高度医療を、中央市民病院が通常の保険診療をそれぞれカバー。日本の先端医療を世界に発信する「メディカルクラスター」が誕生する。 

 フロンティアメディカルセンターの運営母体となる公益財団法人神戸国際医療交流財団の田中紘一理事長は、生体肝移植の世界的な権威として知られる。 
 メディカルクラスターの中核を担う同センターでは、他国に比べて優位性が高い生体肝移植や内視鏡を使った消化器の治療を中心に据え、国内だけでなく、アジア諸国や中東の富裕層など海外の患者も積極的に受け入れる方針だ。同時に、海外の医師との交流も進めて日本の医療をアピールし、民間主導でのアジアの医療拠点化を目指す。 

 フロンティアメディカルセンターは、病床数200床程度の確保を目指し、優秀な医師や看護師を集める。インドネシア政府との経済連携協定(EPA)に伴って来日した看護師候補者らの受け入れも促進し、受け入れ後は日本国内の国家資格取得を支援する。そのため、敷地内に日本語学校も設置するという。 
 100億円規模の総事業費の調達は、既に8割方めどがついているといい、12年5月か6月ごろのオープンを目指す。 

 ポートアイランド内では、医療ベンチャーや研究機関の誘致も進んでおり、これらが開発した新しい医療技術や医療機器の臨床応用の支援も本格化させる。 
 神戸大や市商工会議所などで構成する「神戸医療産業都市構想研究会」によると、ポートアイランド内の医療関連企業は、現在の200社から15年度には約310社になる見通しだ。同研究会では、これによる市内の経済効果は、05年度の約409億円(推計)から、15年度には約1625億円に膨らむと予測している。 

 田中氏が描くフロンティアメディカルセンターのイメージは、「富士山のように海外から見える医療機関」。3月には、神戸氏を訪れた仙谷由人国家戦略担当相にもこうした考えを伝えた。 
 勝負は「日本に来てよかった」と思ってもらえるかどうか―。田中氏は「one‐to‐oneマーケティング(口コミ)で世界に日本の評判を広げ、患者さんの獲得につなげたい」と話す。 


■「リスク把握し最高の利益創出を」 

 患者との間でトラブルが発生した場合の対応など、医療ツーリズムをめぐる課題も指摘されているが、田中氏は「どのようなリスクがあるのかを事前に把握するのは大切だが、リスク論から入ると物事は進まなくなる。リスクを減らし、最高の利益につなげようとするのがプロフェッショナルの考え方だ」ととらえている。 

 「日本で医療ツーリズムが発展すれば、国際社会に貢献できるだけでなく、日本国内の他産業の活性化や医療機関の人材育成、病院の活性化にもつながる」と述べる一方で、「すべての医療機関が海外の患者を受け入れられるわけではない」とも。 
 具体的には、▽海外にも知られている得意分野がある▽海外に向けて常に情報発信している▽海外の患者を受け入れられる余力がある―などの条件を満たす医療機関に限られるとみている。 

 中国などアジア諸国での医療技術の向上が目覚ましいが、田中氏は「ずば抜けた得意分野がある国内の病院が連携すれば、アジアや中東など諸外国に負けないサービスを提供できる」と話す。