医師と弁護士の責任を考える-亀田総合病院・小松氏



医師と弁護士の責任を考える-亀田総合病院・小松氏

東京女子医大院内事故調査委員会を例に検証 
2010年4月28日 小松秀樹(亀田総合病院泌尿器科顧問) 


 人権侵害 

 調査委員会の報告書は、非科学的な調査に基づいて秘密裏に作成され、その過程で佐藤医師の意見を聞く機会は設けたものの、最終的に反論を述べる機会を与えることなく、佐藤医師に過失があったと結論付けた。報告書の内容の重大性から見て、法律家なら誰でも、人権擁護の観点から手続に問題があると認識できたはずである。オブザーバーとして弁護士が参加していたならば、手続上問題があると助言すべきだった。報告書は遺族に渡され、遺族はメディアに発表した。佐藤医師は遺族に報告書が渡された後、内容を知った。この報告書のために、佐藤医師は諭旨退職(実質上解雇)とされた。心臓外科医としてのキャリアを奪われた。無罪確定までに、逮捕後7年間、刑事被告人としての立場を強いられた。 

 佐藤医師は、報告書作成・公表の絶対条件として、個別事例の調査を終える前に、当該個別事例に関係する医療関係者から意見を聞く機会を設け、当事者の報告書への不同意・拒否権を担保するとともに、不同意理由を報告書に記載することを挙げている。 4) 

 佐藤医師に対する人権侵害について、弁護士がどのように関わり、どのように判断したのか興味深い。権力を持った医師は、法律についての無知と自分の権力ゆえに、しばしば人権に対する感覚が希薄である。しかし、法律家に無知は許されない。日本国憲法の基本価値は「個人の尊厳」であり、これが最高法規であることの実質的根拠になっている。刑法はその妥当性の根拠を憲法の授権から得ている。弁護士職務基本規程第一条は「弁護士は、その使命が基本的人権の擁護と社会正義の実現にあることを自覚し、その使命の達成に努める」とされている。弁護士職務基本規程は弁護士の行動指針と努力目標を示しており、弁護士の懲戒制度の基準でもある。 

 顧問弁護士の関与 

 東京女子医大事件では、事故の3カ月後に濱野恭一専務理事を長とする濱野委員会が開かれ、対応が協議された。濱野委員会は対応を決めるための最高決定機関として機能した。東京女子医大は、最終的にこの事件で、2002年7月12日以後5年2カ月間、特定機能病院の承認が取り消された。年間2億ないし3億円の減収になったと想像される。ぎりぎりの経営を強いられている病院にとって無視できない金額であり、社会からの攻撃をかわすことが、経営上、重要課題になっていたと推測される。 

 この濱野委員会で、東間紘泌尿器科主任教授を委員長とする調査委員会を設置することが決まった。佐藤医師を被告とする刑事裁判の30回公判で、東間氏は濱野委員会に顧問弁護士の児玉安司氏が出席していたと証言した。前述の民事裁判の2010年3月16日の審理で、東間氏は、児玉弁護士と東京女子医大の事務次長が調査委員会のオブザーバーだったが、実際には、児玉弁護士は調査委員会には出席せず「児玉先生の事務所のミズヌマさんという若い弁護士」が8回の調査委員会すべてに出席したと証言した。 

 『ミズヌマ弁護士』は児玉弁護士の要請あるいは指示で委員会に出席したものと理解される。児玉弁護士は遺族との示談を担当しており、調査の経緯や報告書について情報を得ていたはずである。 

 児玉弁護士は、調査委員会の進め方が不適切であると判断すれば、東京女子医大に抗議文を渡して、顧問弁護士を辞任することもできたはずだが、そうしなかった。慎重な弁護士なら、調査委員会に関わる情報に接しないようにするかもしれない。しかし、代理人として遺族に対応していた顧問弁護士としては、実務上、無理だったのではないか。 

 児玉論文 

 児玉弁護士は東京大学法学部、新潟大学医学部を卒業。弁護士かつ医師である。東京大学大学院医学系研究科客員教授、東京大学法科大学院非常勤講師に就任しているが、これ以外にも多くの大学で教壇に立ってきた。 

 日本を代表する病院側弁護士として多くの医事紛争に関わってきた。厚労省、日本医師会、日本病院会、各種学会の多数の委員会の委員を歴任している。 

 厚労省案による医療安全調査委員会に関連する検討会、研究班、事業で、委員に選任され一貫して関与してきた。具体的には、厚労省の「診療行為に関連した死亡に係る死因究明等のあり方に関する検討会」、(病院から医療安全調査委員会への、医療安全調査委員会から捜査機関への)「届出等判断の標準化の研究班」、日本内科学会などによる「診療行為に関連した死亡の調査分析モデル事業」が含まれる。 

 日本医師会の「医療事故における責任問題検討委員会」の答申「医療事故における死亡に対する責任のあり方について」 6)の作成にも関与した。この答申は、行政処分に医師が関与する体裁にして、自律処分であるとしている。しかし、行政処分である限り、行政官が、事務担当として委員の任免を含めて実質的に処分制度を支配することになる 7)。処分が多くなれば、実質的に行政が医療行為の当否を判断することになる。医療が行政に支配され、医療の健全な維持発展が阻害される。実際、この答申は行政処分を増やすとして問題にされた 8)。 

 児玉弁護士は、2009年に院内事故調査委員会について短い論文 9)を書いている。論文から彼の院内調査委員会についての考え方を探りたい。 

 論文の冒頭で、院内事故調査委員会について、多様な試みがなされており、現時点で定義や類型化は難しいとする。しかし、事実そのものを明らかにすることの意義について触れることなく、患者・家族への対応、民事の損害賠償への対応、懲戒処分、刑事手続など報告書のもたらす二次的意義が強調されている。 

 次いで、科学における方法と言語に対し違和感を表明する。例えば、病院で行われている症例検討会について、「患者や社会とのコミュニケーションを目的とするものではないというのであろうか」とあいまいな表現ながら非難を込める。学会発表で「断定できない」「可能性を否定できない」という言葉が用いられることに対し、社会に伝わりにくいとして異論を唱えている。気象学を例に出し、「『降水確率』という表現は、学問的な厳密さから割り出されるものではなく、世間一般の理解を得るためのコミュニケーションの工夫と思われる」と評価する。 

 児玉弁護士は医学・医療システムと社会の関係を誤解しているのではないか。症例検討会は、医療の質を高めるための医学・医療システム内部の議論であって、社会とのコミュニケーションを目的とするものでは断じてない。フェルマーの最終定理の証明をめぐる数学者間の論争が、数学者と社会とのコミュニケーションでないのと同様である。 

 医学論文でも断定できるときには断定する。断定できないときには、断定しない。統計学的手法で、極めて厳密に論証される。科学的厳密さがなければ、医学のこれまでの進歩はなかった。「可能性を否定できない」という表現は、症例報告でしばしば使用される。しかし、症例報告は臨床医学の小さな部分にすぎない。事実の収集記載を目的とするものであって、因果関係を証明するものではない。 

 天気予報における『降水確率』はメディアシステムの言語、あるいは、メディアとの連絡のための言語であって、気象学システム内部の言葉ではない。 

 児玉弁護士は、これまで医療事故を刑事事件として裁くことに反対を表明してきた。論文の結論部分で、「院内事故調査委員会報告書は、…医療システムの不備の中で無用な個人責任の追及を引き起こさないための配慮が必要とされる」としている。しかし、「院内調査について、専門性とともに新たな社会性と中立性を確立していく必要に迫られている」と続いており、社会性、中立性を追求することが厳密な認識の阻害要因になり得る1)という発想がないことを想像させる。 

 【参考文献】 
1)小松秀樹, 井上清成:「院内事故調査委員会」についての論点と考え方. 医学のあゆみ, 230, 313-320, 2009. 
2)橋本佳子:院内事故調が生んだ「冤罪」 東京女子医大事件 控訴審で一審同様に無罪判決、事故調・一審判決の死因は否定. m3.com. 2009年3月30日. 
3)死亡原因調査委員会:故X殿死亡原因調査委員会調査報告.平成13年10月3日. 
4)佐藤一樹:被告人の視点からみた医療司法問題の実際. 診療研究, 447, 5-15, 2009.  
5)日本胸部外科学会, 日本心臓血管外科学会, 日本人工臓器学会: 3学会合同陰圧吸引補助脱血体外循環検討委員会報告書. 2003. 
6)日本医師会 医療事故のおける責任問題検討委員会;医療事故による死亡に対する責任のあり方について. 2009年. 
7)小松秀樹:日本医師会改革の論点「科学と医師の良心の国家からの擁護と自由な議論の喚起」が日医の理念.m3.com. 2010年3月24日. 
8)井上清成:厚労省による行政処分者数を激増させる日医委員会答申. m3.com. 2010年3月18日. 
9)児玉安司:医療事故の院内調査をめぐって. 胸部外科, 62, 145-148, 2009. 
10)東京地方裁判所判決:平成19年(ワ)第12413号平成21年2月20日. 


筆者プロフィール 小松 秀樹(こまつ ひでき)氏 
1974年東大医学部卒。山梨医大助教授などを経て、99年から虎の門病院(東京都港区)泌尿器科部長。2010年4月から亀田総合病院(千葉県鴨川市)泌尿器科顧問。2006年に上梓した『医療崩壊』(朝日新聞社)が話題に。臨床医の視点から、医療の現状に問題提起を続ける。著書に『医療の限界』(新潮新書)など。