臨床研修制度を見直しても劣悪な勤務条件では医師不足の解消にはつながらない。



臨床研修制度を見直しても劣悪な勤務条件では医師不足の解消にはつながらない。 
大学医局の存在価値が問われる状況が先にあったということ,はっきり言って大学医局はスキップしてもいい場所になってしまった。そういう中で、研修制度では一般病院と競争しなくてはならなくなったので、自分たちに有利になるよう大学が見直しを求めた気持ちも分からないことはない。しかし、研修医が大学に残らない、研修後も戻らないというのは、結局、大学に魅力がないからだ。 


争論 臨床研修見直し 辺見公雄さん/嘉山孝正さん 
2009.03.02 中国新聞  
  
医師不足を招き、地域医療の崩壊に拍車を掛けたとされる新卒医師の二年間の臨床研修が来春から見直されることになった。開始からわずか六年での転換だが、医師不足改善の効果には賛否両論が今なお残る。見直しは必要なのだろうか。 


全国自治体病院協議会長 辺見公雄さんが語る。 

医師育つ現行制度支持 

 ―臨床研修制度の見直しに反対してきました。その理由は。 


 この制度はそれまでの医療のゆがみを是正するために始まった。専門の病気しか診られない、救急診療もまともにできない医師が目立ってきて、これではいかんと。それで二年かけて、内科や外科、産婦人科、救急、地域医療など、医師として必要な一通りの基礎を実践で学ぶことにした。その目的はおおむね達成できているのに、どうしていま見直すのか理解に苦しむ。 

成果は挙がった 

 ―制度の成果は挙がっていますか。 

 確実に成果は挙がっている。制度以前の医師と比べると、身に付く医療の幅が格段に違う。一つの例では、窒息しかかった人を救う気管内挿管。ちょっとしたテクニックがいるが、昔はこれをやったことがない医師も少なくなかった。自分のおじいちゃんが窒息できても助けられなかったという笑えない話さえある。でも、研修制度では全員が五十例くらいやる。こういう医師が全国に散ったら、少なくとも窒息で死ぬ人は激減するでしょう。現場の医師や病院関係者はみんないまの制度でいいと言っている。 

 ―その一方で、 

 ―大学医局の存在価値が問われる状況が先にあったということですか。 

 はっきり言って大学医局はスキップしてもいい場所になってしまった。そういう中で、研修制度では一般病院と競争しなくてはならなくなったので、自分たちに有利になるよう見直しを求めた気持ちも分からないことはない。しかし、研修医が大学に残らない、研修後も戻らないというのは、結局、大学に魅力がないからだ。 

劣悪な勤務条件 

 ―制度を見直しても医師不足の解消にはつながらないと。 

 百歩譲って、制度をいじることで研修医が大学に戻ってくれるんなら、少々のことには目をつむりたい。だけど、どうみてもそうなるとは思えない。 

 しかも研修制度も駄目になるでは、国民にとって何もいいことがない。大学に研修医を戻すには、現在の大学病院の劣悪な勤務条件を改善することが先だ。そのためには診療報酬とは別に公費を投入してもらいたい。 

 ―医師の教育と医師不足は別々の問題だと。 

 基本的には別々の対応が必要だ。私は、医師国家試験の上位半分は好きな場所で好きな科をやれと、ただし下位半分は、五年とか、七年は地方で産科や地域医療を担ってください、と提案している。暴言と言われるかもしれないけど、一人の医師の養成には数千万円という多額の公費が掛かっている。それくらいは計画的にやってもいい。だれでもどこでも医療を受けられるという国民の基本的人権がいま危ないんだから。 

 へんみ・きみお 1944年、旧満州(中国東北部)生まれ。京大卒。京都逓信病院外科医長などを経て赤穂市民病院長。 




山形大医学部長 嘉山孝正さんが語る。 

大学教育の改善に必要 

 ―臨床研修制度の見直しを要求してきました。理由は。 

 臨床研修制度ができたときは、多くの医療事故が報道され、原因は「若い医者にプライマリーケア(初期診療)ができていないからじゃないか」ということにされてしまった。大学医局を中心とした従来の医師養成システムの何が問題か、十分に検証されないまま、制度がスタートした。 

 医師国家試験に受かった直後の若手医師が研修先を自由に希望できるという「パンドラの箱」を開けたら、若者の都会志向もあって、出身大学の大学病院を選ぶ医師が減って、地域医療が崩壊し、診療科の偏在が進むのは目に見えていた。 

必修原則1年に 

 ―研修制度を評価する声もあります。 

 臨床経験が不足したまま専門診療科に進み、自分の専門の病気しか診られない医師が増えて問題になっていたのも事実。二年の研修期間には基本的な七診療科の研修が組み込まれており、一通りの処置などプライマリーケアができるようになった。そういう意味では効果が挙がっているのは間違いない。 

 ―では、どうして見直しが必要なのですか。 

 プライマリーケアの重要性は否定しない。だが、若手医師の全員が二年間それだけをやる必要があるのか。大学医局が機能していたときは教授が若手医師の力量を見ながら、いろいろな診療科に割り振っていた。ところが、臨床研修後は勤務がハードな産科や外科などは敬遠されるようになった。基礎研究に進む医師も激減した。このままでは高度医療の担い手が育たない。 

 救急搬送される重症患者の三割が脳卒中なのに、地域に手術のできる脳神経外科医がいない。十年後にはそんな状況になるかもしれない。プライマリーケア医だけでは、医療は成り立たないからだ。 

 ―見直し結果をどう評価しますか。 

 私たち全国医学部長病院長会議は、研修の必修科目を減らして原則一年とし、二年目を選択研修にする形で早く専門診療科に進めるように変更することを求めた。今回の見直しはおおむねそれに沿った内容で、妥当だと考えている。 

3回も同じこと 

 ―それでは研修制度の理念をゆがめることになりませんか。 

 医学部教育の中で十分な指導の下にプライマリーケアを学べばいい。山形大では、そういう形で臨床研修に近いことをすでにやっている。そうすれば、医師資格取得後はすぐに専門診療科に進むことが可能だ。 

 私自身は医学部での教育を充実させることで、臨床研修制度は廃止できるのではないかと考えている。医学部での共用試験、医師国家試験、臨床研修と、実質三回同じことをやらせていて、無駄が多いからだ。 

 ―これで研修医を出身大学へ呼び戻せますか。 

 医学教育の骨格は大学だ。問題のある大学もあるが、つぶしてしまうのでなく今ある大学を良くしていく方が手間もかからない。全国医学部長病院長会議を、問題を抱える大学には改善点を勧告できるような自浄作用を持つ組織にしたい。大学をよくしていけば若手医師が戻り、競い合う中で高度医療を担うトップランナーが育つはずだ。 

 かやま・たかまさ 1950年、神奈川県生まれ。東北大医学部卒。山形大医学部教授などを経て2003年から現職。 

趣旨を生かす改革を 

 今回の臨床研修制度の見直しは医師不足対策が目的だが、狙い通りに大学に研修医が戻り、医師不足の解消につながるかどうかは不透明だ。研修医が流出して、地域病院へ医師を派遣できなくなった大学側の強い要望だったが、研修制度そのものの成果は両氏とも認めている。幅広い診療能力を身に付けた医師を育てることは、社会の高齢化が進む中でますます重要になる。研修制度をつくった原点を忘れてはならない。卒前の医学部教育や卒後研修全体の中で、その趣旨を生かす必要がある。(共同社会保障室記者・田中貴子)