医療流転 病院の窓から 長瀬 啓介 金沢大学教授(医学系研究科医療経営学講座/附属病院医療情報部)


長瀬 啓介 金沢大学教授ブログより

医療流転 病院の窓から 
 長瀬 啓介 金沢大学教授(医学系研究科医療経営学講座/附属病院医療情報部)
 
  読売新聞の取材に応えて 
近江八幡PFI解約調印 終りではなく、はじまり,経営計画の失敗を回復することは困難 
近江八幡市立総合医療センターのPFI事業が解除されたのは、計画段階での失敗が原因でした。 
近江八幡市がこのような誤りを早期に修正しようとPFI事業を解消するのは当然のことです。 
ただ、PFI事業を解消したといっても、計画の失敗を回復することは困難でしょう。 

なぜなら、確かに金利部分はあるていど公債に借り替えることで軽減されますが、それでもなお現実に建築に要した費用と運営に要する費用は軽減されることはないからです。 
病院の収益は、健康保険制度により実質的に決められてしまっています。建築費や設備費・管理費が高コストであれば、結局医療行為に使われる消耗品や人件費を抑制するという方向に進むことになるのです。 
つまり、病院を建築したことで、近江八幡市の市民は将来にわたり大きな負担を負い、そこで働く人の生活を貧しくし、医療の質に制約を受けることになったのです。 

 近江八幡市立総合医療センター事業では市と市民は大きな負担をした。 
では、その負担により利益を得たのは誰なのだろうか。わが国での病院PFI事業を見るとき、利益が現実にだれに発生しているのかを見極める必要があるのではないでしょうか。 



病院にPFI事業は不適切なのか(上) 
公共事業への国や地方自治体などの支出を抑えるため、国や自治体が自ら事業をするのではなく、民間事業者に事業の全部あるいは一部を委託する動きが広がっている。このような手法の一つにPFI(Private Finance Initiative)という手法がある。 

(近江八幡の病院PFI) 

滋賀県近江八幡市にあった近江八幡市民病院は老朽化が進んでいたため、建て替えが計画された。計画当時、PFIという手法が注目されるようになり、この病院の建設の際にもPFIを導入するか検討され、結果としてこの病院の新築移転は病院にPFIを応用する先進事例となった。近江八幡市民病院は、近江八幡市立総合医療センターと名前をかえて、平成18年10月に旧敷地から離れた田んぼの真ん中に、新築移転した。建設された病院施設は、広々とした2階までの吹き抜けのあるロビーがある、廊下の広々とした、落ち着いた高級感あふれる病院となった。 

(違和感はオープン前から) 

新築された医療センターがオープンする前、平成18年7月のある夕方、私は古びた近江八幡市民病院の外来を歩いていた。その前日、近江八幡市が病院事業管理者を公募しているという記事を新聞で読んだことが、病院を訪れるきっかけだった。 

古くなった病院が建て替えられると、設備が新しく、見た目が美しくなったことで外来患者の数は増加するのが普通だ。市の職員にしてみれば、このような新しい施設の責任者となることは、努力少なくして患者数が増加することは約束されているため、「おいしい」ポストとなるように思える。したがって、病院事業管理者という、市の職員としては相当に高い処遇をされるポストに関心を寄せる職員は、現任者で多いはずだ。それを「公募」するというのはどういうことだろうか。 

考えられる可能性は2つ。(1)有能な人を「公募」で探してこなければならない程の大きな事情がある。あるいは、(2)病院の運営には、専門的な知識と経験が必要であると心から理解して、そのような人材が市内部にはいないと判断し、つてを頼っても見つからなかったので「公募」することにした。 

正直なところ、もし公募する理由が(2)ならば、自分の年齢を考えれば採用される可能性はあまりないだろうが、応募してみようかという気持ちも少しあった。 

当時の(旧)市民病院の外来は、たしかに老朽化し、薄暗く、狭く、建物がつぎはぎとなっていた。外来の一角には、売店と休憩スペースがあり、公園の売店や休憩所のようなつくりになっていた。確かに、古びていたものの、改築を繰り返して丁寧に建物を使ってきたのだろうと伺われ、掲示物からは患者を思いやる職員の配慮が伺われ、建物としての寿命は付きつつあるが、そこで働く人々と医療は好ましいもののように思われた。 

つぎに、建築が終り、内装工事や設備の導入がおこなわれている新病院を見にいった。見るといっても、まだ診療が開始されてはいないので、外側からだけだが。旧市民病院からタクシーで新病院へ向かいその建物の姿が見えてきた瞬間、公募がされた理由は(1)なのだろうと確信した。明らかに市の規模に比べて、新病院の建築規模は大きく、そしてそこに投じられた費用は、相当なものだと感じた。新病院の外観をみて、呆然とし、そして近江八幡市の将来を心配した。 

(事業収支見込) 

自宅に戻ってから、近江八幡市の病院事業収支見込をWEBで見つけて、再び唖然とした。それは、平均在院日数の短縮と患者診療単価の伸びが現実的とは考えにくかったためだ。 

この収支見込の通りに事業が展開されるとすれば、(a)商圏(診療圏)の半径を3倍程度以上にするか(b)これに匹敵する延べ患者数を、他の医療機関と協調して役割分担をすること確保しなければならないと見込まれた。(b)を実現するのには、長年の信頼関係と、時間をかけた機能分担を図らなければならないが、事業収支見込では急激な収入増を見込んでおり(a)を想定しているように読み取られた。 

急激な商圏(診療圏)拡大を図るにあたっても、近隣市町村にある病院も急性期病院化を図っており、単純に患者を集めることは困難だと思われた。また、患者も、できれば近い病院にかかろうとする傾向があるため、何か特徴があるか、あるいは特に信頼を集める背景が無ければ患者は集まりにくい。 

この資料をみた人で、病院事業管理者に応募する人はいるのだろうかと、疑問に思いながらも、少なくとも自分が応募することはないと心を決めた。 


そのような経緯のある近江八幡市立総合医療センターと、よもや平成19年に「あり方検討委員会」の委員として、その経営難を接点としてお付き合いすることになろうとは、当時は思いもよらなかった 



PFI解除 甘い見通し 経営悪化(2008年12月18日  読売新聞) 
近江八幡市立医療センター 収益最高で計画の84% 


 近江八幡市が17日発表した市立総合医療センターのPFI契約解除。その背景には、過大な収益を織り込んだ経営計画の甘さがあった。 
冨士谷英正市長は記者会見で「旧市民病院時代ですら、年間の病床稼働率が最高84%だったのに対し、センターの当初計画では95%を見込むなど、過大な収益計画だった」と述べ、前市長時代の当初計画の問題を指摘し、契約解除に至った最大の原因だとした。 

センター幹部は「開院翌年の2007年度の医業収益84億円は、旧市民病院時代も含めて最高。現場の医師や看護師は最大限の努力をしている」と主張する。しかし、計画の年間100億円には遠く及ばないのが実情だった。 
PFI方式は、公共施設の建設や運営に民間資本を活用するため、起債で資金を調達する場合に比べ、利子が高くなる。それでも市は、民間に運営を委ねれば大幅な費用削減ができると判断し、導入を決めた。 
だが開院後は、収益が想定を下回り、利子などが経営を苦しめた。そこで市は今年7月から、契約解除に向けた交渉を、センターを運営する特別目的会社(SPC)との間で進めた。 

 市は「病院債を発行して直営化すれば、最初の5年間は元本据え置き。その間にセンターの収支を改善できることが、契約解除の一番の効果」と説明する。 

一方、会見に同席したセンターの槙系院長は「資金的な余裕があれば、PFIの精神を追求できたかも知れないが、私たちにその時間はなかった」と述べ、経営難の原因とPFI方式自体の問題とを「切り離して考えるべき」とした。 
市は、直営化から6年後に経営は黒字になるとの見通しを示しているが、黒字だった旧市民病院時代のノウハウがセンターでも通用するという保証はなく、これから長く、険しい道のりが続く。 
(2008年12月18日  読売新聞)