将来に禍根を残す 長崎市の病院統合問題・・・オープンな協議をせず 密室での結論は ガイドラインが求めている「住民への積極的情報開示」を無視しており 結果的に医師不足を解消できないことになろう 



将来に禍根を残す 長崎市の病院統合問題・・・オープンな協議をせず 密室での結論は ガイドラインが求めている「住民への積極的情報開示」を無視しており 結果的に医師不足を解消できないことになろう  


積極的な情報開示(ガイドライン抜粋) 

関係地方公共団体は、前項の点検・評価・公表に際し、立地条件や病床規模が類似した他の公立病院や地域の民間病院等における状況等を併せて明らかにするなど、当該公立病院の現状について住民が理解・評価しやすいよう、積極的な情報開示に努めるものとする。また、前項の有識者等による委員会等の審議状況などについても報道機関に積極的に公開するなど、住民の関心をできる限り高める工夫を凝らすことが必要である。 
    


記者の目拡大版/長崎市の病院統合問題/報道部 堂下康一/生活文化部 小出久 
2009.02.22長崎新聞   
  

 県と長崎大が長崎市に提案した市立市民病院、成人病センター、日赤長崎原爆病院の統合による高機能病院建設構想は頓挫した。田上市長が選んだのは、市民病院と成人病センターを統合する従来の市の計画だった。この問題を取材した二人の本紙記者が、一連の報道を振り返った。 

 
◎報道部 堂下康一/2案検証に主眼 医師の確保できるのか 

 救命センター焦点 

 報道する上で主眼に置いたのは、具体的に提示された計画が県案と市案しかない中で、どちらがベターなのか検証することだった。病院機能の焦点は、県案、市案ともに設置を予定する救命救急センターだった。 

 県案は、県内で唯一救命センターを運営している国立病院機構長崎医療センター(大村市)と同規模の常勤医師百八人を想定するのに対し、市の当初案は六十二人。長崎医療センターでさえ「医師はまだ十分ではない」としており、県央地区の一・五倍の人口を抱える長崎地区において、市案で救命センターを運営できるのか疑問だった。 

 全国的な医師不足の中で、医師確保の確実性にも着目した。市は当初案を見直し、医師を九十二人に増員したが、市が統合予定の市民病院と成人病センターの医師は現在計六十九人で、新たに二十人以上の医師が必要。医師の大部分を派遣している長崎大は、医師不足のため「今以上の派遣協力は困難」としている。仮に協力するなら別の派遣病院から医師を引き揚げかねず、県内で医師不足が加速する危険性がある。 

 一方、県案は現状でも三病院で百二十二人の医師を確保できる。長崎大も協力姿勢で、各診療科への柔軟な医師配置も可能。研修医確保の可能性を探る本紙の長崎大医学部生らへのアンケートでも、県案支持が多かった。三病院統合で病床数が三百五十減るが、在院日数は短縮傾向にあり、市内の民間病院の空き病床で対応できると思われた。 

 開業後十年間の収支見通しでも、一般会計の財政負担が市案は六十三億円なのに対し、県案は実質ゼロ。日赤を指定管理者として運営させる県案では、看護師ら市職員をいったん整理退職させるため、一度に「四十八億円」(市)の退職手当が必要だが、市案でもいずれは退職手当を支出するので、相違点は支払い時期だけだった。 

検証中に見直し 

 市議会では、医師確保策をはじめ市案についてさまざまな疑問が提示されたが、市は「努力する」などあいまいな答弁が目立った。計画の具体性や医師確保の現実性については、県案が優位だった。ただ、県案を採用すれば市と労組の交渉が難航するのは必至。併せて「唐突すぎる」と県案に反対する市議会や被爆者団体などの理解が不可欠で、これらが最大の課題だった。 

 感情を排し、両案を客観的に評価するには、県、市双方が公開の場で討論し、両案の詳細を市民に十分知ってもらう必要があった。だが、市は最初に自ら「オープンな協議」を県に申し入れながら、文書のやりとりしかしなかった。県案を批判するだけで市案を外部に検証させなかったばかりか、検証作業の途中で医師、病床数を増やす見直し案を提示。これでは最初から「市の計画ありき」と取られても仕方がないだろう。一方、公開の議論を望む県も、「お願いする立場だから」と市への要請を遠慮した点で非がある。 

  重要性どこまで 

 田上市長が問題の重要性をどこまで認識していたのかも疑問だ。最終判断後の記者会見では何度も答えに詰まり、職員が代わって説明した。首長は政治家であり政策決定者である。その発言の重みは、職員とは決定的に違う。住民生活に直接かかわる重要な決断の場面で、指導力が見られなかったのが残念だ。 

 ◎生活文化部 小出久/なぜ今ごろ議論 地域全体で話を詰めて 

 「なぜ今ごろ、こんな議論をしているのか」。新市立病院の建設問題を取材する中で一番強く感じたのはこのことだった。一つには市民病院の建て替えについては十数年の議論を経て、三年前に現地建て替えが決定していたからだ。 

  背景に人材流出 

 長崎大や県が動いた背景にあるのは、医師不足、特に地方の勤務医不足だ。二〇〇四年度から医師の臨床研修制度が変更されたのに伴い、研修医が都市部に流れ、地方の大学病院に残る人材が減ってしまった。その結果、大学病院から地域医療への医師派遣機能が衰退し、公立病院などで診療科の縮小や廃止といったことが相次いでいる。 

 ただ、新臨床研修制度以前から医師の地域偏在や診療科ごとの偏在が生じていたのは、医療関係者ならば承知していたはず。「ここまで深刻な状況になるとは思っていなかった」(河野茂長崎大医学部長)とはいえ、なぜ早くから本腰を入れて議論してこなかったのかが分からなかった。 

 以前から、長崎市の医療関係者の間では「市民病院と原爆病院は統合すればいいのに」と口の端に上っていたそうだし、「県庁所在地に救命救急センターがないのは長崎だけ」と恥じてきた。だが、それを公で議論することは少ない。そこに長崎の医療界の体質があるようにも感じる。 

  命題は赤字削減 

 市民病院の建て替え計画の過程をたどると、大命題となったのは赤字削減だった。会議には県や長崎大も入っていたが、地域全体としての議論は十分ではなかったようだ。今回も救急医療の関係者から「市立病院は急性期医療に特化し、原爆病院はがんセンターに」といった提案もあったが、ほとんど検討されず、市案か、県案かという二者択一に陥った。 

 行政は、一度動き始めた計画を軌道修正するのは苦手だ。市役所であれば、その市を中心にしか考えられない。過剰に期待するのは酷かもしれない。やはり県内全体を視野に入れ政策判断するのは県であり、医師を供給している長崎大の役割でもあろう。両者が地域医療をリードしてこなかったつけが回ってきたのかもしれない。 

  担い手捜し困難 

 だが、市も大きな課題を背負うことになった。医師の確保だ。 

 市案では、新病院に早産児や重症の妊婦を受け入れる地域周産期母子医療センター(四十二床)を置くことにしていて、産科医、小児科医の増員が不可欠。しかし、国はその機能を大学病院に重点化させる方向にある。県内では大村市の国立病院機構長崎医療センターが新生児集中治療室(NICU)の拡充を予定している。産科も小児科も医師不足の代表的な診療科であり、公募してもどれだけ集まるのか。 

 市は新設する救命救急センター(二十床)に配置する救急の専門医や、脳血管障害医療を担う医師もゼロから捜さなければならない。簡単ではない。 

 田上市長はこれを機に、地域医療について協議の場を設ける意向を示している。県、長崎大はもちろん民間も入って病院間、病院と診療所間の機能分化や連携など、地域医療がどうあるべきかを今度こそ詰めてほしい。その結果、市立病院の計画修正が必要となれば、柔軟に対応すればいい。医師がいなければ診療はできない。すべては市民のためである。