『被爆医療の充実という点では、現在の日赤長崎原爆病院という公的病院よりも、国の制度設計にもとづいて県、市が設置者となる公立病院に任せた方が、より責任は明確化されるのではないか。研修プログラムに組み込んで、被爆医療のすそ野を広げることにもつながるだろう』



『被爆医療の充実という点では、現在の日赤長崎原爆病院という公的病院よりも、国の制度設計にもとづいて県、市が設置者となる公立病院に任せた方が、より責任は明確化されるのではないか。研修プログラムに組み込んで、被爆医療のすそ野を広げることにもつながるだろう』 


記者の目 拡大版/報道部 徳永英彦/どうする高機能病院/課題考察/長崎市案 医師数の確保懸念/県案 関係者合意難航か 
2009.02.15長崎新聞  
  

 長崎市の高機能病院建設問題は、田上市長が十六日に県案、市案いずれを採用するか決める。だが、これまでの議論は、県、市が同じテーブルで討論する機会を一度も設けないまま、それぞれを支持する勢力の言いっ放し、聞きっ放しにとどまった感があり、両案が十分検証されたとは言い難い。主な論点を整理し、両案の課題について考察する。 

◎医療の現状 

 二〇〇四年の新臨床研修制度導入で、研修医は自由に病院を選べるようになり、研修システムや労働・生活環境の充実した都市部の病院に集中。医師が足りなくなった地方の大学病院が地域に派遣していた医師を引き揚げたため、地方の公立病院も医師不足に陥り、特定の診療科を縮小・廃止せざるを得なくなった。こうした診療体制の見直しによって患者数が減少し病院経営が悪化、さらに体制を縮小再編するという悪循環に陥っている。 

 本県でもその傾向は顕著だ。〇八年度の県内病院の募集定員に対する実際の研修者の割合(マッチ率)は48・7%と、二年連続で五割を切った。全国平均(69・6%)を大きく下回り、全国四十五位の低率。長崎大医学部・歯学部付属病院も、〇七年度は九十人の定員に対し三十八人(42・2%)にとどまった。既に小児科、産婦人科、整形外科、泌尿器科などは、医師不足のため離島病院などへの派遣打ち切りや人数の縮小が始まっている。 

 長崎市民病院は現在、医師六十人のうち長大病院からの派遣が五十人を占めているが、長大病院は「今後、無条件の医師派遣は無理」としている。既に市外縁部の野母崎病院、琴海病院は医師不足をきっかけに患者の減少などで経営難に陥り、〇九年度中に民間移譲される。このように医療スタッフ、とりわけ医師を確保できるかどうかは、医療サービスの量、質にとどまらず、病院の経営を左右する重要な要素である。 

 こうした現状をふまえ、県、市とも救命救急センターを柱とした高度医療を提供し、医師や患者にとって魅力ある「マグネットホスピタル」の整備を目指す。また、高機能病院の設置ですべてが解決するわけではなく、他の医療機関と連携した研修プログラムの設定や機能分担が必要との認識も一致している。 

◎医師数 

 今年一月一日現在で、長崎市民病院と成人病センターを合わせた医師数は六十九人。これに原爆病院を加えると百二十二人となる。県案における新病院の医師数は百八人で、数字上は三病院統合により充足できる。一方、市案の医師数は九十二人。二病院統合では二十三人不足し、この分を新たに確保しなければならない。 

 市は「都市部に流出した本県出身の医師の中には地元に帰りたいと思う人もいる。厚労省も医師の偏在を緩和するため制度見直しを検討中。あと五年あるので、長崎大と協力しながら進めたい」とする。しかし、既に本県出身者を個別に勧誘している長崎大でも前述のような状況。厚労省は研修医募集定員の上限枠設定、研修期間の一年短縮など制度を見直す方針だが、これが抜本的な対策になるかについては懐疑的な見方が強い。市も新病院の目玉となる救命救急センターを含め、開業当初は計画通りの機能が発揮できない可能性を示唆している。 

 事実上、新市立病院と長崎大が少ない若手医師を奪い合うことになり、仮に新病院が医師を充足できたとすれば、長崎大にそのしわ寄せがきて医師派遣機能は一層低下し、離島郡部の医師不足が深刻化。全国的な医師の遍在が、県内でも加速する恐れがある。 

◎収支見通し 

 新病院設立後十年間における市の実質財政負担額(建設運営費から地方交付税など国の財政支援分を差し引いたもの)は、市案では六十三億円なのに対し県案はゼロで、県案の方が優位。こうした差が生じるのは、県案が病院の運営を指定管理者(日赤を予定)に任せる「公設民営」方式なのに対し、市案はこれまで通り「公設公営」であるためだ。県案では、市の収支マイナス分を、指定管理者から施設使用料などの負担金として徴収し、穴埋めする。市案ではこの収入がないため、マイナス分はすべて市の負担となる。 

 ただ県案では、看護師ら職員はいったん退職して日赤に採用されるが、現在三病院に勤務している看護師のうち約百人があぶれることになる。これについて県は「長崎市内の病院は看護師不足なので受け入れは可能」とする。また、看護師の年間平均給与についても市民病院の七百四十万円から六百三十万円に引き下げる計画で、市役所従業員組合は解雇問題と併せ強く反発。一方、市は病院を独立行政法人化して経営の自由度を増す考えだが「給与のさらなる引き下げは考えていない」とする。 

◎開業時期 

 市は「二〇一三年度開業は市民との約束」としているが、現在の市民病院を解体して病棟の一部と駐車場を整備するため、全面開業は一五年度となる。県案は更地に建設するので、一三年度の一括開業が可能。地権者のJR貨物との用地交渉に自信を見せるが、計画通り進むかは流動的だ。 

 ただ、市案、県案いずれも建設財源に合併特例債を充てる計画で、この適用を受けるには一五年度の病院完成が必須条件となる。 

◎住民の不安 

 利便性などから、県案に対する市民の反発は強い。この背景には従来から問題視されてきた「患者の大病院志向」がある。体調が悪いと重病ではないかと心配し、設備やスタッフの整った大病院で診てもらいたいと思うのは無理からぬことだが、風邪や腹痛など軽度の患者が大病院に集中すれば、本来の役割である重い病気の人への対応ができなくなる。勤務医は過重労働となって「三時間待ち、三分診療」を強いられ、患者にとってもプラスではない。大病院は入院、手術を中心とした専門的な診療を担い、一般の医療機関は軽度の患者に継続的できめ細かな医療を提供するというすみわけが必要だ。 

 患者の不安は、医療機関を選ぶ際の情報が少ないことも大きな要因だ。どこで受診すればよいかが分かる情報の提供や、かかりつけ医の診断で不安な場合は、専門医の意見を聞ける「セカンドオピニオン」のシステム構築などが不可欠。かかりつけ医と大病院の緊密な連携が必要となる。 

 被爆者の場合はその不安が一層強い。しかし、被爆医療の充実という点では、現在の長崎原爆病院という公的病院よりも、国の制度設計にもとづいて県、市が設置者となる公立病院に任せた方が、より責任は明確化されるのではないか。研修プログラムに組み込んで、被爆医療のすそ野を広げることにもつながるだろう。