バラマキかクリーンヒットか 地域医療再生基金が抱える火種




バラマキかクリーンヒットか 地域医療再生基金が抱える火種 

2009.12.05 週刊ダイヤモンド  

崩壊する医療の立て直しを目的とする地域医療再生基金。なにしろ、都道府県に配られるおカネは各五〇億円、事業期間は五年間とあって、自治体は熱い視線を注ぐ。だが、再生の美名とは裏腹に、その効果には医療関係者からも疑問が投げかけられている。 
プランを作成した自治体、病院、厚生労働省の舞台裏を探った。 

「五年間の中期計画を、五ヵ月でつくるのは非常に難しい。県の医療審議会や議会に話を通す必要もあったため、実際には二ヵ月しか時間がなかった。 
地域医療再生基金から一〇〇億円プランが消えたときは、喪失感しかなかった」 
ある自治体の医療担当者は、翻弄され続けたこの五ヵ月間をこう振り返った。 

 今年の六月五日、厚生労働省が各都道府県に通知した地域医療再生基金の計画に、各地の医療担当者は色めき立った。 
「医師の確保」「救急医療」、さらに病院間の「機能再編」など現在、地域医療が抱える課題は少なくない。 
地域医療再生基金とは、こうした課題を解決する再生プランを各都道府県が作成し、これを厚労省が認めれば、交付金が支給されるというものだ。 

 ターゲットは、全国に三六九ある“二次医療圏”(通院から入院まで、一定の医療が提供されることを目指す地域の単位)のうち、都道府県ごとに二つのエリア、合計九四の地域である。 
当初の計画では、このうち全国の一〇地域に各一〇〇億円、八四地域に各二五億円、総額で三一〇〇億円の交付金が支給されるはずだった。 
しかし、再生プランの提出期限は、一〇月一六日とあまりに短かった。基金が「前政権の選挙対策」と指摘されるゆえんである。 

 短期間で再生プランをつくるとあって、もらえるカネを使い切る予算の策定が第一の優先事項で、その中身は当然、ずさんなものとなった。四〇弱の自治体で練られていた一〇〇億円プランの実態は、そのほとんどが新病院建設など大型の“ハコモノ計画”である。 
加えて各自治体が、二つの二次医療圏を交付金支給のエリアとして選ぶ際、エリア選定や再生計画の立案がかなり強引に進められたケースもあった。 

 千葉県で対象エリアに選ばれた山武長生夷隅エリア(県東南部)では、病院が入院や手術などが必要な救急患者を輪番で受け入れるための、機能強化が盛り込まれた。だが、「この計画は、誰も聞いていなければ同意もしていない。地区医師会の幹部だけが知っていた」と、当事者となる病院の院長は不満タラタラだ。 
一〇〇億円プランの中身を決めるに当たり、「医師を派遣するからと、高額な医療機器の購入台数まで派遣元の大学に決められた」(ある病院院長)ところもある。 

 大混乱のなか、再生プランの作成は急ピッチで進められていたが、政権交代により、さらなる波乱が起こる。再生プラン提出の締め切りが近づいた一〇月九日、厚労省は補正予算の見直しの一環として、一〇〇億円プランの執行停止を決定。エリアごとに支給する交付金の金額をすべて二五億円に統一し、基金の総額を二三五〇億円まで減額したのだ。 
一〇〇億円の獲得を目指していた自治体は、交付金の減額で再生プランの練り直しを迫られた。だが、提出の締め切りは、わずかに三週間延びただけである。 


五億円のプランも内訳と積算根拠なし 

一一月六日、再設定された再生プランの締め切り日を迎えた。 
そもそもの期間設定に無理があったところに、無理を重ねて新たな再生プランはつくられた。 

 今回、各都道府県は、「専門医の確保」「急患センターの新築」「検査装置の導入」など、さまざまな事業計画を提出。 
だが、再生プランの書面には、二億円、三億円はおろか、五億円を超える事業でも、その内訳金額と積算根拠が示されていないケースがいくつもあった。 
「国からは事前にお墨付きを得ている」とある県の担当者は説明するが、内訳金額や積算根拠なしに、計画が妥当かどうか、まともな審査ができるはずもない。 
なかには「積算根拠なしの事業もある」と認めた県もあった。 

 再生プランの中身にも疑問符が付く。 
今回、多くの都道府県が医師の確保に向けて、大学への「寄付講座」を予定している 
。講座を担当する指導医と研修医を囲い込んで、地域の病院で研修と診療を行なってもらう目論見だ。 
交付金は、その人件費や研修センターの建設などに使われる。 

 だが、「組織として協力すると言われている」「各大学の了解はこれから」と、協力してくれる大学と人数の確約を得ぬまま提出された寄付講座のプランも少なくない。 
そもそも、寄付講座を使った医師の囲い込みにしても、その効果を認める関係者は皆無に近い。「医師引き揚げの抑止力」(関係者)というのが関の山だろう。 
いくら再生基金で医療の機能や体制を整備しても、医師が揃わなくてはムダガネに終わる。 

 地域医療の再生を目指すという大義名分があるこの基金だが、制度自体への疑問の声も上がっている。「東京と地方の県が同じ五〇億円の交付金でいいのか。もっとメリハリをつけるべき」(ある病院の事務局長)。 
実際に、医師不足の深刻さは地域ごとに大きく異なる。患者一〇〇〇人当たりの医師数に対する医師の不足率は、東京都の四・〇%に対して、青森県は七八・六%に達する(左図参照)。 

 「この制度は、一時的で持続性がない。特定エリアの医師を増やしても、他のエリアから引き抜かれるだけ。診療報酬による全体の底上げこそ必要だ」(ある病院院長)と、医療関係者には厳しい見方をする者が少なくない。 
再生プランが終了となる五年後に、事業の大幅な停止を決めている県もすでにある。 


審査は一回のみ 事後検証は破綻 

一二月の中旬以降、有識者による協議会で各都道府県が提出した再生プランが審査される。明示されていなかった各事業予算の内訳金額と積算根拠についても厚労省医政局指導課は「全県から取る」と一一月一三日に明言した。 
だが、事前に全プランを委員に渡すとはいえ、協議会の開催は、わずか一回のみ。これでは、まともな審査ではなく、単なる“追認”にほかならない。 

 行政刷新会議の評価委員(仕分け人)を務める長隆氏(東日本税理士法人・公認会計士)が指摘する。 
「この基金は、このままでは単なるバラマキになってしまう。交付後に効果のないものは、停止や返還をすべき」。 

 対する厚労省は、各県の数値目標を基に「事後検証の実施」を力説する。再生プランには、たとえば救急なら圏外搬送率を「三〇%」から「一〇%」に減らすと明記する決まりだ。 
しかし、数値目標を記していない県がいくつもあるのだ。事後検証の仕組みは、ハナから破綻している。この“火種”を取り除かない限り、再生基金の交付は停止すべきだろう。 

本誌委嘱記者・内村 敬