政権〈史・私・四〉観 「未知なる与党」への直言 ・・・週刊ダイアモンド

  

政権〈史・私・四〉観 「未知なる与党」への直言 
田中秀征(Shusei Tanaka)2009.10.31 週刊ダイヤモンド 

財政改革で終わってはならない 

“行財政改革”という言葉がある。行政改革と財政改革を合体させた言葉で、税金をムダなく効率的に使うための改革を意味している。 
じつはこの言葉は意外に曲者で、霞が関官僚は好んで使うが、私はめったに使わない。 

 なぜなら、行政改革と財政改革には大きな違いがあり、二つを合体させるとその違いが隠れてしまうからだ。私にはこのことに関して忘れられない思い出がある。それは一九九六年に経済企画庁長官として国会で経済演説をしたときのこと。私の書いた演説草稿に「行政改革と財政改革」という表現が二ヵ所ほどあった。ところがその草稿が経済官庁を持ち回られ、私の手元に戻ってきたときに「行財政改革」と書き換えられていた。 

 「同じ意味だから短い言葉がよいと思った」という事務方の釈明に納得できなかったので、本番の演説ではまた切り離して「行政改革と財政改革」と表現した。 

 確かにこの二つの言葉には、税金のムダづかいをなくすという共通点がある。だが同時に軽視できない相違点もあるのだ。 

 その違いは、改革による痛みが主としてどこに帰属するかということ。誰が身を削り、誰が痛みを引き受けるかが決定的に違っている。 

 行政経費の圧縮など行政改革の痛みは主として行政(政治を含む)に帰属する。これに対して増税や行政サービスのカットを伴う財政改革は痛みが国民、納税者に帰属するのだ。 

 たとえば一家の主人が家計が苦しいからといって家族に耐乏生活を求め、自分だけ身を削らずに今までどおりの生活を続けたらどうなるか。家族は主人の言うことに耳を傾けないだろう。これは行政改革を棚上げにして財政改革をしようとすることと同じだ。 

 日本の財政が破局に向かっているのは、政治家や官僚が率先して身を削ろうとしなかったことも一つの大きな原因だ。 

 さて、今回の総選挙で示された最大の民意は、「ただちに行政改革、官僚改革に取りかかれ」というものであることに異論はないだろう。私には悲痛な叫びのようにも聞こえる。政権交代の原動力となった民意であると言ってよい。 

 鳩山新政権は発足直後から「歴史を変える」改革に猛然と動き出した。補正予算の見直しや来年度予算の概算要求で見せた決意と実行力は、高く評価するにやぶさかではない。 

 予算編成の時期と重なったこともあって、今のところ鳩山改革は財政改革の域を出ていない。その点では小泉改革の延長にあるという印象を受ける。 

 この鳩山財政改革がいつ行政改革、官僚改革に転換するのか。いつ総人件費の削減、出先機関の原則廃止、公益法人の原則廃止、あるいは天下りの全面禁止などの行政改革の公約に着手するのか。政権交代を実現させた大半の有権者はそれを心待ちにしている。 

 気になるのは最近「財務省支配が強まっている」という声がしきりに霞が関から聞こえてくることだ。新聞などもそんな声を拾って書き立てるようになった。 

 藤井裕久財務相は閣僚に「要求大臣ではなく査定大臣となれ」と檄を飛ばし、各省の“政務三役”もその方針に沿って財政改革に力を入れている。仙谷由人担当相の「行政刷新会議」も今のところ財政改革の旗を振り、「財政刷新会議」の様相を呈している。これでは財務省政権というささやきがあっても不思議ではない。こんな誤解も行政改革、官僚改革が本格的に始動すればたちまち消えるだろう。 

 そもそも政権交代は財政改革、特に歳出構造の抜本改革のまたとないチャンスである。かつての族議員や圧力団体が茫然自失の状態にある今、既得権益に思い切ったメスを入れることができる。あの強大な国土交通省でさえ援護する武士団(族議員、圧力団体)を失って公家集団のようになり、概算要求の公共事業も本年度当初予算と比べて一四%も減額した。 

 現状の鳩山財政改革の快進撃を見ていると、大きな期待とともにいくつかの不安要素も見えてきた。 

(1)財政改革は、増税にしろ歳出削減にしろ短期的には景気動向にマイナスの影響を与える。新規政策のための赤字国債の増発もリスクを高める。再び景気の急激な落ち込みを招かないように最大限の配慮が欠かせない。 

(2)“政務三役”が過度に査定大臣の役割を果たそうとすれば、必要な行政サービスまで蹴散らす恐れがある。できる限りきめ細かな対応が必要だ。「削ることが正義」のような風潮になっているが、必要なものを削ることは正義ではない。 

(3)他省と比べて財務省が突出した力を持つようにならないか。 

 各省が武士団を失ったぶんだけ逆に財務省の力が強くなる。財務省が各省の政策にまでより強い影響力を持てば、各省の自主性も活力も衰える。「一将功成りて万骨枯る」という事態は避けねばならない。 

(4)財政改革の無二の同志である財務省に対して、行政改革、官僚改革の矛先を向けることができるか。 

 財務省は財政改革に際しては政権とともに手術を執行する医師の立場である。ところが行政改革、官僚改革となると一転して手術を受ける患者の立場に変わる。財政改革で世話になった人たちに冷たい仕打ちをすることは至難の業。財政改革に入れ込めば入れ込むほど行政改革や官僚改革は甘くならざるをえない。他のことに寛容な政権支持者もこのことだけは許さないだろう。 

 かねて私は行政改革先行論を主張してきた。この段階に至っては少なくとも同時進行で行政改革、官僚改革を進める体制を早急につくる必要がある。そのためには、鳩山由紀夫首相自身が陣頭に立って旗を振らなければならない。