医師不足を解決する家庭医の育成、 患者中心の医療方法を実践、 コンビニ受診など医療の無駄が緩和される・・・・



医師不足を解決する家庭医の育成、 患者中心の医療方法を実践、 コンビニ受診など医療の無駄が緩和される・・・・必要なものとは、高いレベルにおける臨床各科専門医の育成に加え、「専門医としての家庭医」の育成である。これらがシステムとして日本に根付くことによってのみ、日本の医療現場の「崩壊」が食い止められることになるだろう 

学者が斬る シリーズ430週刊エコノミスト 2009年10月13日号 葛西 龍樹(福島県立医科大学医学部 地域・家庭医療部 教授) 
かっさい りゅうき 
1957年生まれ。北海道大学医学部卒業。医学博士。カナダ家庭医学会認定家庭医療学専門医課程修了。北海道家庭医療学センター所長を経て、2006年から現職。英国家庭医学会名誉正会員・専門医、豪ボンド大学名誉客員教授。著書に『家庭医療 家庭医をめざす人・家庭医と働く人のために』(ライフメディコム)、『スタンダード家庭医療マニュアル 理論から実践まで』(永井書店)など。 


医師不足を解決する家庭医の育成 

医師不足と医師の地域偏在などが医療における問題となっている。その解決策として有効とされるのが、専門医としての家庭医の育成である。 
ここ数年、医師不足や医師の地域偏在、「病院崩壊」といった言葉を見聞きしない日はない。 
この問題に対する処方箋として、地域医療を支える人材を育てる「地域医療枠」など医学部の入学定員増が実施されている。しかし、医師の数、すなわち医師の「量」が増えればそれでいいという説明には、医療の「質」はどうなるのか、医師が増えたとしても不足しているところに「量」が充当されるのかという素朴な疑問がわいてくる。 

 私は、医学部入学定員増に反対しているのではない。 
国民の求める医療を満足できるレベルで安全に遂行するためには、「量産」に加えて必要なものがあると主張したいのである。 
必要なものとは、高いレベルにおける臨床各科専門医の育成に加え、「専門医としての家庭医」の育成である。これらがシステムとして日本に根付くことによってのみ、日本の医療現場の「崩壊」が食い止められることになるだろう。 


 家庭医療、家庭医とは 
 - 海外では家庭医療は社会保障、医学教育の面で確立 - 

 私の専門は、「家庭医療」という、日本では未発達の分野である。 
家庭医療を専門とする医師を「家庭医」と呼び、その診療を支える学問的体系を「家庭医療学」と呼ぶ。 

 家庭医療とは、どのような問題にもすぐに対応し、家族と地域の広がりのなかで疾患の背景にある問題を重視しながら病気を持つ人を理解し、体と心をバランスよくケア(診療・治療)する。そして利用者と継続したパートナーシップを築き、ケアに関わる多くの人と協力して地域の健康ネットワークを創造し、十分な説明と情報の提供を行うことに責任を持つ家庭医によって提供される医療サービスである--と定義できる。 
欧州では特に英国、オランダ、デンマークで、北米では特にカナダで、アジア・オセアニアでは特にシンガポール、香港、マレーシア、オーストラリアで、アフリカでは特に南アフリカ共和国で、社会保障制度上でも医学教育制度上でも確立している専門分野である。 

 家庭医とは、日本では「かかりつけ医」や「町医者」といったイメージと重ねて説明される。だが、実際には家庭医は家庭医療の定義に盛り込まれた内容を十分理解し、高いレベルで実践できる能力を獲得・維持することが求められる。 
そのため、かなりハードなトレーニングが必要である。国、あるいは地域とそこに住む人々の病気や健康の問題をよりよく解決するためには、優れた高度先進医療に加え、優れたプライマリ・ケア(初期診療も含む)が必要であることが多くの研究で示されている。この優れたプライマリ・ケアを担当するのが、専門医としての家庭医である。 
  
  
 患者中心の医療方法を実践 
  
 家庭医療が発達している前述の国々では、全医師数の約半数が家庭医であり、よく訓練された専門医としての家庭には、健康や病気の問題の約8割を占める「日常でよく遭遇する状態」を自ら適切にケアすることができる。 
それ以外の状態でも、各科専門医やケアにかかわる人々と連携し、患者の気持ちや家族の事情、地域の特性を考慮し、エビデンス(証拠)に基づく「患者中心の医療の方法」を実践している。 
  
 患者中心の医療の方法とは、家庭医療ですでに確立している診療方法で、それに基づいた臨床教育が医学部の卒前教育、卒後臨床研修、家庭医療専門医研修、そして家庭医のための生涯教育で実施されている。患者中心の医療の方法を実践することで、患者・家族の健康度と満足度が改善することも数多くの研究で示されている。 
  
 従来、医学医療の進歩というと、高度先進医療に限って考えられていた。しかし、進歩はそれ以外の分野にも必要である。 
その理由は、人間の病気や健康の問題が、実際にどのように地域で起こっているのかを調べた調査結果を見れば明らかである。 
  

  
 図は、1カ月の間に地域住民1000人が、病気や健康問題の解決のために実際にどのように行動したかを調査したものである。結果は、何らかの問題が起きた人が、1000人のうち750人、そのうち医療を利用した人が250人、そのうち入院が必要だった人が9人、そのうち家庭医以外の専門医の診察が必要だった人が5人、そのうち大学病院を利用した人が1人となっている。 
  
 地域住民全体から見ると恩恵を受ける人はごくわずかであるが、難しい疾患の診療に寄与する高度先進医療の進歩は必須である。 
だが、もう一方で大多数の人々が必要としているのは、日常でよく遭遇する病気や健康問題が適切にケアされることである。 
  
 「適切に」という条件には、安全で費用対効果に優れ、利用者に安心と満足を与えることが含まれなければならない。 
専門医としての家庭医は、このようなケアを患者本人の気持ちや家族の事情、地域の特性を考慮して行うために必要な知識・技術・態度・価値観・信念を身に付けている。 
また、医療や保健・介護のサービスを上手に利用するための案内を行うことも専門医としての家庭医の役割であり(図で、問題が起きた750人から医療を利用した250人を引いた500人に上る人がこれを必要としている)、健康維持・増進、予防についての働きかけもその1つである(同様に、住民1000人から問題が起きた750人を引いた250人がこれを必要としている)。 
この役割を効率的に実現するためにも、実に多くの医学医療の進歩が必要であり、世界の家庭医療学の研究テーマとなっている。 
  
 専門医としての家庭医は、病院や診療所の診察室で患者が来るのを待っている医師ではない。自分がケアする地域で、今何か主要な健康の脅威になっているかを「診断」し、その問題解決のために自らの役割を進化させることができる医師である。 
より積極的に地域に出ていき、現在は自らは健康だと思っている人たちとその家族に対しても、健康の改善のために働きかけることができる医師なのである。 
  
  
 家庭医と各科専門医 
 協働のメリット 
  
 専門医としての家庭医と各科の専門医が両者ともいて、それぞれの領域で優れた働きをしながら医療の利用者のために連携したら、どのようなことが達成できるだろう。 
家庭医療の先進国で行われた調査・研究で示されている事実は、表1の通りである。 
  

  
 まず、ヘルスケア(健康管理)上の要求の90%に対し、有効かつ安全に対応できる。 
これは、家庭医だけで対応できるという意味ではなくて、各科専門医との協働で実現できるということである。不幸にして診断がつかない、治療効果がない、障害が残る、死に至るなど、どうしても解決できない問題が10%程度ある。 
  
  
 - 家庭医は日常で遭遇する健康上の問題の約8割をケア - 
  
 専門医としての家庭医は、不必要な検査・治療から患者を守る。検査や治療の効果や害について整理された臨床研究のデータベースを持ち、その必要性と効果がコストや害を上回るとき、そして、それを共通の理解基盤で患者・家族が理解・納得し、望むときに用いる。病気や健康問題の約8割を占める「日常でよく遭遇する状態」のなかでこのようなアプローチが採られれば、医療費の上昇が抑制されるのは明らかである。 
  
 そして、ほとんどの問題が専門医としての家庭医によって解決されるので、病院の各科専門医は、本来自分が専門性を発揮できる分野に集中して診療に従事することができる。専門医としての家庭医と各科専門医という2種類の医師がそれぞれの役割を果たすことで、患者の満足度も増加する。 
医師も、科学的に病気を解明する喜びとともに、患者・家族との相互信頼のある人間関係に満足を得ることになる。 
  
 専門医としての家庭医は、その軸足を病院ではなく地域に置いているので、必ずしも大病院のある都市部にいる必要はなく、その活動場所は都市にも地方にも広がっていく。 
僻地では、救急疾患対応のため高次医療機関への搬送手段を整備しなければならないという問題は残るものの、質の高い専門医としての家庭医が提供するケアによって、医療の地域格差や偏在は減少する。 
  
 以上は海外の家庭医療先進国ですでに示されてきたことであるが、今後、日本でも専門医としての家庭医の育成が進んだ場合に達成が期待されることを述べてみたい(表2)。 
  

  
 - 「コンビニ受診」など医療の無駄が緩和される - 
  
 まず、どんな病気や健康問題も、専門医としての家庭医が対応してくれるので、最初から大きな病院を利用する必要がなくなる。 
病院の各科専門医が必要なときは、家庭医からの紹介でスムーズに受診できる。家庭医療先進国のように、4人程度の家庭医が1つのプラクティス(診療単位、日本に多い医師1人の開業医院より大規模な診療所)で診療する状況を作ることができ、夜間や休日でも日ごろ利用しているプラクティスを受診し、当番の家庭医に相談できる。 
こうした本来のポジティブな意味での「便利さ」があれば、夜間診療を行っている病院・医院を探して押しかける「コンビニ受診」が揶揄されることも、自分の希望を伝えようと必死なだけなのにその背景を理解していない医療者から「クレーマー」(過剰な苦情を言う人)だの「モンスター・ペイシェント」(理不尽なことを医療側に求める患者)だのと言われて人間関係が崩壊していくことも減るはずである。 
  
 専門医としての家庭医が地域で機能していれば、病院の各科専門医も本来の自分の専門の仕事に集中できるため、開業して自分の専門外のことをするよりも病院にとどまって仕事を続け、専門医としてのキャリアを伸ばすほうを好むであろう。 
そうなれば、病院全体としての医療の質も向上する。病院の各科専門医が必要なときに高度先進医療を駆使して診療にあたっても、専門医としての家庭医が費用対効果に優れた効率的なケアを提供すれば、日本全体として医療の無駄も緩和される。 
  
 高齢者を対象とした長寿医療、健康維持・増進を目指す予防ケア、そして在宅医療など、多くの病気と健康問題に対して家族の事情や地域の特性を考慮しながら行わなければならないケアは、専門医としての家庭医の役割が非常に求められる分野である。 
従来、こうしたケアを推進する政策がとられてはきたが、日本ではそれを現場で担当できる肝心の医師の養成が遅れているのである。 
  
 医学部入学定員も増やしているが、地域医療を支える「質」を担保するためには、専門医としての家庭医になることも魅力ある医師のキャリアであると理解される必要がある。専門医としての家庭医の育成が進み、社会で多数活躍することで、このキャリアを目指して自ら進んで地域医療枠などへ応募する熱意と志のある若者が増えることを期待している。彼らが将来の日本の地域医療を支えていくのである。 
  
  
 「家庭医療後進国」 
 日本での取り組み 
  
 専門医としての家庭医の育成は、他科専門医の養成とともに車の両輪のように取り組むべき急務である。しかし、日本は世界でもまれにみる「家庭医療後進国」である。 
これは、日本の医療制度改革を計画する際に医療の利用者の利益を優先した議論が行われず、政治的・社会的に家庭医療制度の発展が阻害されてきた不辛な歴史があるためである。 
  
 このような状況下で、私が勤務する福島県立医科大学(福島市)では、地域と大学が連携する取り組みが進められてきた。 
  
 福島県は医師不足により地域で働く医師を求める社会的ニーーズが深刻であった。 
そのため、県内唯一の医育大学である福島医大は、専門分野を超えて教授がプロジェクトチームを作り、地域ニーズに大学が応えるプロジェクトを独自に考案。全国の大学医学部の総合診療部門などの実態を調査し、福島県の地域医療の現状を解決するために、新しいコンセプト「家庭医療」をキーワードとし、「地域に生き、地域で働く」家庭医を「地域を舞台に」養成し、それを全学でバックアップすることを決めた。そこで、医学部に「地域・家庭医療部」を新設し、私は初代教授として赴任した。 
これは、日本でも初めての取り組みだったといえる。 
  
 06年度早々には「家庭医療学専門医コース」(後期研修)をスタート。家庭医療学の父と呼ばれ、私の恩師でもあるカナダのイアン・マクウィニー・西オンタリオ大学教授が「スキーができるようになるためには、スキー場に行って、スキーのインストラクターから習う」と表現した臨床教育の原則通り、研修医を指導する福島医大の家庭医療の指導医は、その役割・機能が不明確となる大学付属病院内にいるのではなく、地域へ出かけ、そこで診療と教育を展開し、県内全域に及ぶ地域医療・家庭医療の診療・教育ネットワークのシステム構築を進めてきた。 
  
 09年9月現在、福島医大には全国から16人の後期研修医が集まり、診療・教育ネットワークは、会津、郡山(県中)、県北、いわきの4つのエリアで整備され、25の公立、民間、診療所などの医療機関が参加している。2年後には、県内2ヵ所に新しい地域・家庭医療センターが設立される予定である。
これらの成果は、地域で働く質の高い医師養成に対するニーズが、地域の住民・行政担当者のみならず、県内の各医療機関、医療関係者、県行政担当者にとっても相当高いことの表れでもある。
  
 この「福島医大モデル」は、広域に及ぶ公益性の高い日本では先進的な取り組みであり、今後、全国の都道府県と大学でも私たちの取り組みを参考に、専門医としての家庭医の育成システムが作られていくことを願っている。 
現在、このような取り組みに興味を示して研修プログラムを整備する大学なども出てきており、そうした動きを積極的に支援していきたい。 
  
 最後に提案したいのが、今後の医療を支える企業の在り方としての、医療現場で必要とされる知識・技術に関する情報や生涯教育・研修など、教育の分野への進出である。 
多くの薬剤や医療機器を動員して行う医療の時代の次にやってくるのは、限りある資源を有効に活用するために、費用対効果や優先度、公平性・公明性に配慮する医療の時代である。次世代を担う医師たちは、これを学ばなければならない。 
  
 そのためには、大学とも連携し、優れた教育プログラムを開発・提供する動きが日本にも必要である。オーストラリアでは専門医研修プログラムの供給者として一般企業が活躍し、医学雑誌『ブリティッシュ・メディカル・ジャーナル』を発行するBMJグループ(ロンドン)は、診療現場での医療者のよりよい意思決定を支援する情報とその提供システムを多くの企業と開発している