「生き抜くための"がん治療"」清郷 伸人さん



▽ 「生き抜くための″がん治療″」清郷 伸人 
2009年7月30日 MRIC by 医療ガバナンス学会  
今回の記事は転送歓迎 MRICの記事より引用です。  

1. 病気の経過 

 2000/12職場の超音波検診で腎臓に所見、がんセンターの診断で左腎臓に5センチのがん2001/1左腎臓摘出手術2月インターフェロン開始6月CT検査で頭部蝶形骨とC7頸骨にがん転移、危険なため手術不可7月米国MSKCCとMDアンダーソンCCにセカンドオピニオン8月リニアック放射線治療9月LAK(活性化自己リンパ球移入療法)とインターフェロンの併用開始2005/9週刊朝日の混合診療記事10月LAK急遽中止、現在に至る。             
2. 裁判の経緯 

 2005/10~11メディア、国会議員等に窮状や質問状提出12月市の法律相談で制度が違憲の指摘2006/1横浜医療問題弁護団2月東京医療問題弁護団3月本人訴訟で東京地裁に訴状提出5月ホームページ開設6月著作『違憲の医療制度』出版8月&11月&2007/1地裁に補正書面提出3月裁判決定・第一回弁論5月第二回7月第三回8月第四回・結審11月判決。 


3. 裁判での主張 

 〈原告〉混合診療において本来保険診療であるインターフェロン療法の保険給付が受けられなくなる法律上の根拠はない。また保険料を払っている被保険者が混合診療だけで給付の権利を一切失うことは憲法第14条「法の下の平等」に違反する。 

 〈被告=国〉保険外医療を併用することは不可分一体の新たな医療行為となり全体が保険給付の対象とならない。また健保法第86条の保険外併用療養費制度(旧特定療養費制度)で給付対象を限定しているからその反対解釈でそれ以外は給付対象にならない。そして混合診療を一切保険の対象にしないことには、医療の平等保障、患者負担の不当な増大防止、医療の有効性、安全性の確保など合理的な理由があるから憲法違反にはならない。 


4. 裁判所の判断(判決)   

 健保法には保険診療とそれ以外の診療の併用を不可分一体と見て前者の保険給付を受けられないと解釈する根拠は見出せない。健保法はむしろ個別の診療ごとに保険給付に該当するか否かを判断する仕組みと解される。また保険外併用療養費制度の反対解釈についても制度が給付対象の組み合わせを厳密に定義し、組み合わせを全体的、網羅的に特定したものでなく、その保険外併用療養費も健康保険の現物給付の趣旨とはまったく異なるものであることを考慮すると成立しえない。このように混合診療の是非やその禁止が違憲か否か判断するまでもなく、法や規則のどこを見ても混合診療で保険給付を禁止する解釈はなしえないので、原告は保険診療について健康保険を受給する権利があることを確認する。 


5. 判決の意義と課題 

 〈意義〉国が実施している混合診療の禁止措置には、医師、医療機関のみならず患者団体や専門学者も含めて妥当という声が圧倒的だった。過去の一件だけの判例でも混合診療禁止の妥当性を認め、原告患者の敗訴となっている。では実際混合診療はまったく行われていないかというと、今でも全国あまねく臨床現場でこっそりと行われていると思われる。困窮する患者を前に診療日を変えたり、病名を偽造して、あるいは他の病院で治療して、そして病院の研究費で。これらはすべて混合診療になる。私は医師や患者が萎縮することなく堂々と希望する医療を選べるようにしたかっただけ。保険治療でなすすべをなくした医師が冷たく患者を見放さなくてもすむように。判決は法制度を公正に緻密に解釈し、正しい主 
張を判断した。とくに私の訴状にも書き、判決でも言及された平成18年3月1日の旭川杉尾訴訟に関する最高裁大法廷の判決は大きな拠り所であった。 

 ただ今回の判決は混合診療に対して患者への保険給付を剥奪する法的根拠はないとしただけで、その制度の合理性や違憲性について判断したものではない。国がどうしても禁止措置を維持したければ敗訴しないような完全無欠の法制度を整備すればよいだけである。 

 〈課題〉前述したように法整備が完成したり、上訴審で現行のままで法的根拠があると判断されたらどうするか。その時は私が提訴で最初に主張した混合診療禁止制度の違憲性を争って闘うのみである。 

 日本の保険医療は世界の標準医療とは一致しない。普通の病気は保険医療で十分だが、がんなどの重病や難病はそうではない。その場合、効果の期待できそうな保険外医療を保険医の管理の下に自費で受けたいと思う患者や家族の意思は自然である。しかし現制度では併用する保険医療までもすべて自費になる。そのため望む医療をあきらめ、苦難にあえぐ。これは次の三点で法の頂点である日本国憲法に違反する。 

1) 患者や国民には重病や難病に際して生きるために医療を選び、受ける権利がある。制度は憲法第25条で保障された生存権を侵害する。 

2) 租税と同じく強制徴収された保険料の対価としての保険給付を一つの保険外医療を受けただけで剥奪することは憲法第29条財産権の侵害である。 

3) 同じくその権利を剥奪することはその患者と保険給付を受けられる患者とを不当に差別する憲法第14条法の下の平等権の侵害である。 

 国が混合診療禁止の合理性の根拠としている医療の平等の保障や患者負担の増大防止も医学的根拠のない差額ベッドなどですでに崩れている。また真の金持ちは全額自己負担で海外の医療を受けている。患者負担は混合診療禁止による保険停止の方が大きいし、野放しの自由診療、代替医療、民間療法の費用も法外である上に国の主張する医療の安全性、有効性の確保からも問題が多い。むしろ保険医による混合診療の方が安全性も有効性も高いのである。 

 さらに私は裁判その他の場を通じて国のその主張には裏の本音があると思った。国からは多くの高級官僚が製薬や医療機器の営利企業に天下っているが、海外の安くて良い薬や医療機器を使いにくくすることでその利権を守る、医師会の幹部も医療技術の競争を防いでもらって開業医の利益を守る、そして厚労省は保険許認可等の強い権限を維持できる。混合診療を全面的に解禁すると、これらの利権が失われるのである。実際われわれがん患者にとって関心の高い抗がん剤では、海外の標準治療薬の約40%が日本では保険承認されず使えない。欧米では95%、韓国や中国でも70~80%が認められているにもかかわらず。 


6. 今後の展望 

 国は11月16日控訴した。今年東京高裁で審理が行われるが、予断は許さない。地裁判決は私にとって緻密でのないものだが、高裁で国寄りの判決が出る可能性は高い。勝訴後、複数の弁護士からの受任申し出もあったが、控訴審も本人訴訟でやるつもりである。現在健康上の問題はない。

 控訴審の判決がどう出てもこの裁判は最高裁まで行くと思う。私はむしろそこでの判決に期待したい。なぜなら地裁判決でも拠り所となった旭川杉尾訴訟の大法廷判決という厳然たる判例があるからである。現行の健康保険法にはその判例で必要と明言された、税金や保険などの重大な国民の権利を制限するのに必要な明確な法的根拠があるとはいえないからである。仮に最高裁で原告勝訴となったら、国は混合診療禁止を解くか、完全な法整備を行わなければならない。法律学者によるとそのような法律は憲法違反に抵触する可能性が高いという。逆に被告勝訴となったら現行制度は変わらない。重病患者はこの残酷な医療制度で斃死するのみである。法治国家に生まれなかった不運を嘆いて。 


7. 裁判で学んだこと 

 私は偶々がんというポピュラーな重病に罹った普通の一般人である。仕事や家庭でなんとか平常の生活を取り戻したいと真剣に闘病していた患者である。ある日、そんな男をドン底に突き落とす仕掛けがよりによって国からかけられた。どのように考えてもそれは不合理で納得がいかないが、だれも答えてくれない。法律も訴訟知識もない私だが、黙って従うことには耐えられなかった。このような公的な問題は無理解と孤独は当然だと思った。ただ弁護士も取り合ってくれなかったが、裁判所だけは問題を純粋に判断し、取り上げてくれると思った。その意味で裁判は一市民、一国民の合法的最終兵器なのである。 


8. 今の心境 

 このような公的な問題で裁判を起こしたことによって、私は多くに人と知り合えたし、このような場に招かれてお話しする機会にも恵まれた。私の姿が、この講演のテーマである「生き抜くためのがん治療を考える」に寄与するかわからないが、私は訪れるあらゆる運命に感謝したいと思う。最後に私の故郷といっていい山陰の悲劇の武将の歌を今の心境として講演を終わる。 

  憂きことの なおこの上に 積もれかし 限りある身の 力ためさん 

                           (山中鹿之介)