那覇市立病院・・・独法はツール 與儀院長は「自治体の財政状況や政治状況など置かれた条件によって最適な経営形態は違う。良い医療を提供するため改善を続け自分たちで最適な方法を選んだ結果」と強調した



那覇市立病院・・・独法はツール 
長年の改革の結果、病院が自分たちでできることと、できないことが分かってきた。市立病院の限界は定数増と独自の給与体系を持つことだった。與儀院長は「自治体の財政状況や政治状況など置かれた条件によって最適な経営形態は違う。良い医療を提供するため改善を続け自分たちで最適な方法を選んだ結果」と強調した 

<追跡2009>那覇市立病院3年ぶり黒字/危機に職員の意識変化 
2009.07.07 琉球新報  
  

 2008年度から地方独立行政法人化した那覇市立病院が08年度決算で3年ぶりに約1億7千万円の黒字となる見込みだ。「独法」という経営形態だけが独り歩きするが、病院幹部は「形を変えたことだけでよくなったのではない」と話し、急性期病院に有利になった08年度の診療報酬改定の影響に加え、10年以上に及ぶ同院の経営体質改善の延長線上の結果であるとする。 

■健全化団体に転落 

 1999年度から2005年度まで黒字経営を続けていた同院だが、開院から15年間は毎年赤字を出していた。1年以内に返済しなければならない借金と1年以内に回収できる資金の差額である「不良債務」は約14億円に上り、95年には病院事業経営健全化団体に指定された。当時の議会、世論の追及は厳しく、議会は病院に乗り込んでくるほどだった。 

 「『公立病院は赤字で当然』と言われて、請われて病院に来たのに、医療のことを分からない人になぜ責められるのか」。当時、外科部長だった與儀實津夫院長は悔しさでいっぱいだったという。それでも経営のことを知らないため医師たちは反論できなかった。病院の危機に、医師や看護師、コメディカル(医師や看護師以外の医療スタッフ)たちは勉強会を開き、全国の黒字公立病院の視察もした。「病院が安定経営をしないと良い医療はできない時代に変わっていた。黒字病院との意識の差をまざまざと見せつけられた」 

 その後病院は急速に変わりだす。夜間救急をしない、外来時間も短い「のんびりした病院」(中森えり副院長)が「断らない救急」を掲げ、市民から苦情の多かった待ち時間の短縮にも努めた。 

 那覇市立病院の改革でもう一つ大きかったのが、優秀な事務職員を通常の人事ローテーション期間を超え、5~9年と長期間配置したことだ。自治体病院の経営悪化の一因に事務の専門性のなさが指摘されている。「本庁に帰ることだけを考えている事務では一緒になって本気で改革には取り組めなかった」。與儀院長は医療職と事務職が一体となって取り組んだ結果だと強調する。 

■独法はツール 

 長年の改革の結果、病院が自分たちでできることと、できないことが分かってきた。市立病院の限界は定数増と独自の給与体系を持つことだった。與儀院長は「自治体の財政状況や政治状況など置かれた条件によって最適な経営形態は違う。良い医療を提供するため改善を続け自分たちで最適な方法を選んだ結果」と強調した。