『地方の病院の赤字の一番の原因は、1990年の日米経済構造協議にある』



『地方の病院の赤字の一番の原因は、1990年の日米経済構造協議にある』 

  宇沢弘文 東京大学名誉教授・日本学士院会員   (社会保険旬報2009年6月11日 抜粋) 


【首相独裁の経済財政諮問会議 アメリカとちがう日本】

ところが、まず医療と教育を徹底的に破壊してしまおうというので一番の先兵となったのが経済財政諮問会議だ。この諮問会議とは、首相が諮問する会議の議長が首相という、信じられない制度である。首相が諮問し、首相に対して答申する。すると、首相が議長をしている閣議でそれを決定する。

日本は閣議決定が憲法上に規定され、非常に重い。この制度はヒトラーがワイマール憲法の下で首相になったときに使った独裁的な手法だった。

ある雑誌の記者が、経済財政諮問会議はアメリカ大統領の諮問会議をまねたものだというので、私はとんでもないと否定した。アメリカの大統領の諮問会議はフルタイムで、メンバーはすぐれた経済学者がなる。ケネディ政権のときの最初のスタッフディレクターがケネス・アローで、そのあとがロバート・ソローであったように、アメリカの最高の経済学者がフルタイムで学者としての生命をかけて仕事をする。そして大統領は、その結果に一切口を出さない。一切指示はしない。政治家も決して口を出さない。

日本の諮問会議の場合は、例えば小泉首相が診療報酬を3・16%カットするというと、そのとおり強行する。あるいはマクロ経済的な基準で医療費は決まるのだというとんでもない主張を繰り返す。私はそれをホームページなどで読んで、非常に憤りを感じる。日本の医療費はだいたいパチンコ産業の規模、38~39兆円と同じである。こんな非常識な、非人間的ことがあり得るのか。

今の病院とくに地方の病院の赤字の一番の原因は、1990年の日米経済構造協議にある。アメリカの当時の経常赤字、貿易赤字、それから財政赤字が流れてきて、日本政府に対してアメリカは、10年間で430兆円の公共投資をせよ、しかもそれは決して生産性を上げるような形に使ってはいけないと要求した。中曽根政権はその要求をそのまま、日本政府の公的コミットメントとした。どうしてこんなばかなことが許されるのか。

そして国は、地方自治体に全部丸投げした。地方独自で430兆円の公共投資をする。それも生産性を上げるようなことに一切使ってはいけない。レジャーランドといった類いのものに使う。430兆円が10年間で使われる。しかも、地方自治体は将来、利息の返還をしなければいけないが、国は、それは地方交付金でカバーするということを約束した。ところが小泉政権はそれを全部無視した。そこで地方自治体は、みな赤字に苦しんでいるのである。430兆円というとんでもない規模で、多くの自治体はいま、極限まで追い詰められている。

とくに被害の大きいのは学校、病院で、病院を経営して実際にかかる費用のほんのわずかしか診療報酬では負担していない。かつてはいろいろな形で地方自治体が中心になり病院を支えていたが、それが今は非常に苦しい。その上に5年間で社会保障費の1兆1000億円をカットすることが経済財政諮問会議で決められた。毎年2200億円を社会保障費の自然増からカットする。それが地方の病院、地方財政に非常に大きな重圧になっている。

病気、失業、不運で苦しむ人々を社会的に救済するというベヴァリッジ的なことを中心に考えて、その上、ケインズ、ミードたちが注意深く主張した乗数効果が大きいところを選択的に選ぶようにしないと、日本という国はだんだんおかしくなっていくのではないだろうか。



【知性の高い学者少ない 恐慌時にこそよい学者育つ】

(1)医療というものは医師1人ではなく、大勢のコメディカル・スタッフ、それから薬品も含めると、本当に多くの人が関係している。そしてみんなが、医療のために仕事をしているのだという、人間としての誇りのようなものをもっている。このことが重要であって、乗数効果というのは2次的なものだ。医療関係の職業に従事し、人間的な誇りをもつ人が全体に占めるパーセンテージが高いということが、社会的安定につながるのではないか。

私の郷里は鳥取で、男の子が2人いると1人は教師、1人は医師にするところだ。徳島もそうだ。人口当たりの医者の数が多く、厚労省の調査によれば医療費が高いということだが、そういう社会は人間を大事にしている。

フリードマンと付き合っていて、彼はすべてを計算するので、とてもやりきれない感じを受けた。そういう人の多い社会では、人はお互いに苦しいものだ。

日本の医師はいま、過酷な勤務状況にある。有能な医師ほどそうだ。もう少しゆとりのある条件にしなければいけない。医療費をカットするのが今のアメリカ、あるいは日本の流れだが、やはり増税はやむを得ないだろう。消費税よりも増税のほうが、累進制という点からもよいのではないか。

(2)私は、経済学をやっている人たちには愛想をつかしてしまった。経済学が社会を悪くしているのではないかと感じることもある。先日、アロー先生(1921~)の話を久しぶりにきいた。アローもソロー(1924~)も言っていることだが、アメリカの大恐慌に対処したニューディール(1929-33年)など悲惨な時代に少年期を過ごしたことは、経済学を勉強するときや、医者になるときの原点になるという。私もそう感じている。

したがって、今の恐慌の時代には、よい経済学者が育つと期待できるのではないか。