オンライン化への逆風   3月に閣議決定された規制改革推進3か年計画では、「地域医療の崩壊を招くことのないよう配慮する」という一文が新たに盛り込まれた。

 


オンライン化への逆風   3月に閣議決定された規制改革推進3か年計画では、「地域医療の崩壊を招くことのないよう配慮する」という一文が新たに盛り込まれた。衆院選を前に、政府・与党の選挙対策が色濃くにじんだ措置で、「原則義務化」の後退を懸念する声も出ている。    
  

 
 [社会保障安心]レセプトのオンライン化 大量データ、患者に利益 
2009.05.05読売新聞   
  

 
◆医師会は義務化反対 

 医療保険事務の効率化などを目指し、政府が強力に推し進める診療報酬明細書(レセプト)のオンライン請求。2010年度末までに、すべての病院、診療所、薬局でオンライン請求を原則義務化するというスケジュールをにらんだ新たな取り組みが広がっている。一方で、医療関係者の反発は強く、実現に黄信号がともる。(社会保障部 内田健司、阿部文彦) 

 ■紙だと徹夜仕事 

 一日400人以上の患者が、近くの病院などで発行された処方せんを持って訪れる、「日本調剤」三田薬局(東京都港区)。処方せんの入力、薬歴のチェック、会計などはコンピューターで処理され、待ち時間も短い。 

 さらに、医療費を請求するためのレセプトもすべて、電子情報として本社のサーバーに送られる。「以前は、毎月、数百枚の紙のレセプトを1枚1枚仕分けして送付しなければならず、徹夜仕事だった」と、日本調剤の三成(みなり)亮常務取締役は振り返る。 

 政府が、従来は紙でやりとりしていたレセプトについて、オンライン請求の義務化を閣議決定したのは2005年12月。08年4月からは400床以上の病院、10年4月からは診療所など段階的に対象を拡大し、11年度以降は、すべての病院、診療所、薬局で原則オンライン請求とする計画を打ち出した。 

 レセプトのオンライン化には様々なメリットがある。事務処理が効率化されるほか、不正請求やミスもチェックしやすくなる。 

 また、オンライン化により、昨秋から解禁されたレセプトの直接審査・支払いも広がる。 

 通常、医療機関や薬局は社会保険診療報酬支払基金などにレセプトを送り、適正に保険請求しているかどうかの審査を受ける。規制改革の一環で、薬局の調剤レセプトに限り、健康保険組合などによる直接審査が可能になった。日本調剤も対象薬局となっており、オンラインで結ばれた二つの健保組合に直接請求している。三成常務は、「基金などを通さない分、請求事務が迅速になり、調剤報酬の支払いも1か月以上前倒しになる」と利点を語る。 

 
■質の向上に期待 

 オンライン化により、膨大な請求データの蓄積、活用が可能になる。どのようなメリットがあるのだろうか。 

 まず、2年に1回、医療の公定価格を決める、診療報酬改定が改善できる。厚生労働省は、現状把握のため、入院や外来で、どんな診療行為にどのぐらいの費用がかかっているかや、病気ごとの1日当たり費用などの調査を行っているが、分析の対象は、毎年6月に審査されたうちの一部、約45万件のレセプトに限られる。月の請求分の1%にも満たず、「基礎データとして不十分」「改定結果の評価もできない」などの声が根強い。だが、オンライン化により、ほぼすべてのレセプトを収集・分析できるため、広範なデータに基づく、より適切な価格設定が可能になる。 

 このほか、レセプトに記載された病名などと、特定健診の情報を突き合わせて分析すれば、生活習慣病に対する保健指導がうまくいったのかどうかを評価することも可能だ。沖縄県浦添市では、市国保が民間の健康サービス事業者と連携、レセプト情報を市民の運動や栄養指導に結びつけた実証実験も始まった。 

 政府が検討中の、社会保障カード(仮称)や国民電子私書箱構想では、レセプトを活用し、医療、健康に関する自分のデータを、患者自身が電子情報として入手する仕組みも盛り込まれている。 

 
■後退を懸念 

 様々な活用法が検討されるものの、完全オンライン化へのハードルは高い。 

 日本医師会は、紙での請求に慣れた高齢の開業医が多いとして、「IT化推進には賛成だが、義務化までは必要ない」と、政府方針に反発。診療所の医師を中心に、オンライン請求義務化の撤回を求める訴訟も起きている。医師会の調査では、高齢の医師を中心に8・6%(3611施設)が、義務化されれば廃院すると考えていた。「オンライン化によって、審査が画一化し、過度に厳しくなる」といった警戒感も医療関係者に根強い。 

 ITの導入経費や更新費用に伴う費用負担も、オンライン化への逆風となる。 

 こうした状況を踏まえ、3月に閣議決定された規制改革推進3か年計画では、「地域医療の崩壊を招くことのないよう配慮する」という一文が新たに盛り込まれた。衆院選を前に、政府・与党の選挙対策が色濃くにじんだ措置で、「原則義務化」の後退を懸念する声も出ている。 

 医療分野のIT化を進めるためには、個人情報が漏れないよう、安全対策を万全にする必要もある。また重複投資にならないよう、厚労省、総務省や経済産業省など関係省庁間の連携も欠かせない。レセプトオンライン化を、政治的な駆け引きの道具にせず、国民・患者の立場にたったデータの有効活用につなげる必要がある。 


 
◆情報基盤整う韓国 

 海外でオンライン化の先進事例とされるのが韓国だ。1997年の通貨危機以降、医療の電子化が進展し、医療機関のレセプト請求はほぼオンラインで行われている。導入にあたり、紙レセプトと比べて、診療費が入るまでの期間を40日から15日に短縮し、間に合わなければ9割概算払いにするなど、医療機関の資金繰りに便宜が図られた。 

 審査を担当する健康保険審査評価院によるデータ活用も進んでいる。帝王切開出産率を医療機関ごとに公表したり、どの医療機関が血液をいつ誰にどれだけ使用したかも分かるようになっている。 

 韓国の場合、レセプトをコンピューターでの統計処理が容易で、患者にもわかりやすい様式に見直した。一方、日本では医療情報の基盤整備に向けた動きは鈍い。コンピューター技術に詳しい西山孝之・柳韓大学保健医療福祉研究所日本事務所所長は「日本の様式は紙レセプトをそのまま電子化しただけで、治療内容や薬剤の使用状況を分析するには不十分だ。このままでは、オンライン化しても、無駄な投資を続けることになりかねない」と警鐘を鳴らす。 



 《プラスα》 

 ◆領収書、レセプト並みに 


 400床以上の大規模病院では、2008年4月から、患者が希望した場合、レセプトと同様の診療内容が記された領収書の発行が義務づけられた。オンライン化が進めば、順次対象医療機関も拡大される。 

 詳しい領収書の発行手数料は、各病院の判断で異なる。独立行政法人・国立病院機構は、所管の145施設で無料とし、入院時の検査や使用薬剤名など、内訳がわかる領収書も発行している。 

 一方、過去の治療内容を知りたい場合、レセプトの開示を請求することができる。 

 被用者であれば、加入している健康保険組合、国民健康保険の加入者なら各市町村、75歳以上の後期高齢者は都道府県の広域連合にそれぞれ申請する。 

 国保の場合、原則過去5年分の請求が可能で、保険医療機関に照会後、15日から1か月程度で開示される。 


 
〈診療報酬明細書〉 

 医療費の支払いを求めるため、医療機関などが作成する請求書。氏名や生年月日、傷病名のほか、治療の開始日、投薬、検査、手術など1か月分の診療内容が記載されている。1997年から、フロッピーディスクなどの電子媒体での提出が、07年から、オンライン請求が可能になった。電子レセプトの割合は徐々に増え、5割を突破している。