渋川総合病院 人口8万6千人の渋川市  改革プランで 医師に魅力のある経営体質にすれば再生は出来る・・・



『渋川総合病院 人口8万6千人の渋川市 
 改革プランで 医師に魅力のある経営体質にすれば再生は出来る・・・長年一部事務組合の経営で経営責任を明確に出来なかったことが低迷の原因ではないだろうか。合併して単独経営になって3年近くなるので ガイドラインに則して大改革を実行すれば再生可能である』 


公立病院改革:渋川総合病院、抜本的見直し必要 病床利用率基準下回り /群馬 
2007.12.17毎日新聞   
  

 ◇館林厚生病院はクリアへ 

 県内の公立病院のうち、渋川市立「渋川総合病院」(ベッド数150)と邑楽館林医療事務組合「館林厚生病院」(同356)の病床利用率が、総務省懇談会のガイドライン基準を下回り、病床数削減などを求められる対象となった。館林厚生病院は現在進めている計画でクリアできる見込みだが、渋川総合病院は今後、抜本的な見直しが求められる。【塩崎崇】 

 同省の公立病院改革懇談会が11月にまとめたガイドラインは、一般・療養病床の利用率が3年連続で70%を割った場合、病床数削減や診療所への転換を提言し、08年度末までに改革プランを策定するよう求めている。県内の県立4病院と市町村・組合立12病院のうち、渋川総合病院は04年度~06年度の利用率がいずれも30%台で、館林厚生病院は60%台だった。 

 渋川総合病院は、03年に国立病院を経営譲渡され運営を開始。その後、内科と整形外科の常勤医師が退職し、外来のみの対応となっている。同院は「早めに見直しの方向性を決め、抜本的な見直しを進め改革プランに反映させたい」という。 

 一方、館林厚生病院は08年度末までに回復期リハビリ病棟を整備するのに合わせ、病床数削減を計画。8月時点で24床減らし、その後の利用率は70%を上回っている。同病棟完成後も常時、基準をクリアできる見通しだ。 

 県立4病院は、いずれも70%を上回っており、病床数削減の対象にはならない。数値目標を定めた経営効率化や地方独立行政法人化など経営形態の見直しについては検討し、改革プランを策定する考えだ。 



危機のカルテ 第1部 医療崩壊の現場 (上) 医師疲弊 辞職ドミノ 新制度で一変、補充なく 
2008.07.19中日新聞   
  

 「名前は」「手、握れる?」。先月三十日午前零時半すぎ、群馬県渋川市の渋川総合病院。自宅の階段から転げ落ちた男性(70)が救急車で運び込まれた。 

 意識がもうろうとしている男性に、横江隆夫院長(55)は大きな声で呼びかけた。ようやく正気に戻ったころ、当直の職員から「救急隊から電話です」。今度は自宅で高熱を出した女性(76)が、救急車で担ぎ込まれた。 

 ベッド数約百五十床の中規模市立病院。だが、常勤医は横江院長を含めて九人しかいないため、院長も月に三回、当直に入る。「この後に急患が来ると眠れなくなる」。幸い二人は大事に至らなかったが、院長が当直室で横になったのは午前二時半を回っていた。 

 朝は七時半に起きて病棟を回り、午前中は内科で診察。午後は前橋市で診療報酬審査委員としての仕事を五時半までこなした。五時間ほどの仮眠で、前日朝から三十三時間余り働きづめだ。「常勤医は私を含め五十歳以上が五人。いつまで持つか不安です」 

 伊香保温泉の近くにある病院はもとは国立病院。横江院長は二〇〇二年、群馬大医学部の准教授職から院長に派遣された。翌年の国立病院再編で、地元の八市町村が経営することになり、常勤医をベッド数にふさわしい二十人にまで増やそうとした。ところが、「〇四年に始まった新しい医師研修制度をきっかけに、逆に医師不足に陥った」(横江院長)。 

 国家試験に合格したばかりの新人医師は従来、大学医学部の診療科ごとの医局に属し、教授らの指示で大学病院や関連病院に赴任、異動していた。それが新制度の導入後、新人医師は研修先が自由に選べるようになり、研修環境や給与など待遇のいい都市部の病院に集中。研修後も医局に入る医師が急減した。そこで各大学では、各地の派遣医師を呼び戻すようになった。 

 群大医学部も毎年百人ほどだった新卒の研修医が半減。本年度は二十七人にまで減った。渋川病院は〇四年三月、産婦人科の副院長(69)が定年退職することになり、横江院長は母校に後任の派遣を頼んだが、同期の教授から「ない袖はふれない」と断られた。一人残った男性医師(48)も「産科の仕事は続けたいが、一人では無理」と退職した。 

 整形外科も群大の医局から「医局の医師が減り、派遣を続けられない」と言われ、二人が辞めた。内科も退職者の後任が見つからず、一人で一年半頑張った男性医師(49)も「いつかもう一人来ると思ったが…」と退職。全体では昨年までに七人も減った。誰かが辞めると、残った医師の負担が重くなり、最後はその人も辞めるというドミノ倒しだ。 

 病院は産婦人科のお産と整形外科の入院を休止。小児科の診察も週一回に縮小した。ベッド利用率も20%台にまで落ち込み、経営は急速に悪化している。 

 腰の治療を終えた女性(74)は「医師が少なくなるのは大変。このままだと病院は行き詰まってしまう」と不安そうに話した。 

    ◇ 

 地域医療を担う全国の病院で、次々と医師が去り、経営に苦しむ病院が急増している。診療や病床の縮小で患者があふれ、別の病院の疲弊を招く“負の連鎖”も広がる。医療は再生できるのか。危機の現場を歩き、その処方せんを探る。 



渋川総合病院:医師不足、深刻 整形外科、内科常勤ゼロ 診察断るケースも 2006/08/28(月) 毎日新聞 

 ◇入院、ベッド数の1/3以下 
 渋川市立渋川総合病院(横江隆夫院長)が深刻な医師不足にあえいでいる。整形外科、内科常勤医はおらず、 
入院患者数は全ベッド数(150床)の3分の1に満たない状況。「専門医がいない」と外来の診察を断るケー 
スまであるという。市民からは「市内で一番大きな病院なのに頼りにならない」との声が上がるが、市は「地方 
の公立病院共通の問題。特効薬はない」と有効な対策を打ち出せないでいる。【杉本修作】 
 同病院は03年3月に、渋川地区の市町村でつくる渋川地区医療事務組合が経営する公立病院として開業した 
(市町村合併後は渋川市に移管)。ところが、年々常勤医が退職していき、診療科10科のうち、04年6月か 
ら産婦人科が休診。今年度からは整形外科が週2日の非常勤医による診療となった。 
 内科も常勤医はおらず、外科が専門の横江院長と非常勤医で対応している状況。受け入れようにも常勤医不足 
で受け入れられないため、入院患者数は激減し、現在50人を下回る状態になっている。 
 02年度から組合は約24億円をかけて病院の施設整備に着手、病室や駐車場の拡張工事を行った。しかし、 
肝心の医師不足のために患者の受け入れ態勢は整わず、現状では最上階の3階フロアはまったく使われていない。 
同市の男性会社役員(52)は「多額の税金を使って、空き部屋を増やしただけ」と批判する。また、同市議の 
一人は「受け入れを断られた市民もいる。これが市立病院とは情けない」と不満をぶちまける 



医師不足:勤務医不足の渋川総合病院、内科医1人派遣へ--県病院局 /群馬毎日新聞 2007年5月29日 

 群馬県病院局は28日、勤務医不足が深刻な渋川市立渋川総合病院に6月6日から、県立心臓血管センターの内科医1人を週1回、派遣すると発表した。これで県立病院からの非常勤医師の派遣は内科2人、小児科1人の計3人となった。 
 同病院は退職で減る勤務医を補充できないまま、医師不足に陥り、昨年7月には常勤内科医がゼロとなった。他科の医師が代わりに診療してきたが、県が同10月から県立病院の内科医1人を週1回、小児科医を月3回、非常勤で派遣。これにより、地域の中核病院としての状態を維持している。 
 同病院の木村行男事務部長によると、11診療科(休診中の産婦人科含む)の常勤医師は定員20に対し7人。非常勤医で診療を存続している状況にある。今後、関越中央病院(高崎市)と群馬大から1人ずつ非常勤医が派遣される予定。常勤医募集にも努めているが、全国的に地方の勤務医が不足しており、木村事務部長は「医師確保は難しい」と話している。【木下訓明、伊澤拓也】