長崎大学大学院医歯薬学総合研究科「離島・へき地医療学講座」は二〇〇四年五月に開講した。長崎県と五島市が資金を出した。全国初の自治体による寄付講座だった。



長崎大学大学院医歯薬学総合研究科「離島・へき地医療学講座」は二〇〇四年五月に開講した。長崎県と五島市が資金を出した。全国初の自治体による寄付講座だった。ここから医学部五年生を対象にした一週間の離島実習が始まった。 実習地も下五島から上五島、対馬と広がり、六年生は五週間の実習期間をとることになった。その後、離島で働きたいと希望する研修医も出てきた。 

  
【社説】医師と医療のあり方 注目される試みが九州にある 
2009.04.12西日本新聞   

  
「医師は尊敬されているか。信頼されているか」「必ずしもそう言えないのではないか。看護師など同僚にも」。医療関係者の話の中で時折、こんな意見を聞く。医師の養成課程に問題があるのか、何かが欠けているのか。 

 国の医療政策は「入院」から「在宅」へと大転換の真っただ中にある。病床(ベッド)数を減らし、一人当たり平均在院日数もできるだけ短縮する。医療費抑制政策の一環である。 

 高齢者が増えているためだ。日本では欧米に比べて老人ホームなどの施設整備が遅れ、病院が受け皿になってきた。結果、かつては自宅で最期を迎える人が多かったが、いまや医療機関で亡くなる人が八割を超えている。 

 しかし、高齢者の場合、急病や事故によるケガなど一刻も早い処置が必要な患者よりも、持病を抱えているが病状は比較的安定している人が多い。 

 容体が悪化したり、その後の機能回復で訓練を受けたりするために入院する必要があるが、普段は自宅などで暮らしていても特段の問題はない。 

 ならば、高齢者の暮らしを中心に置いて、介護や福祉の専門職や民生委員などとともに医療機関も高齢者を見守るネットワークをつくって「在宅」の生活を支援していこう、となった。 

 厚生労働省は、高齢者は「入院」よりも「在宅」を望んでいるという。高齢者にも喜んでもらえるし、病床数の削減もできる。一石二鳥のはずだったが、病床を減らす政策が現場での混乱を生んでいるのも事実である。 

 ところで、医療政策の転換と医学生の教育とは、どう関係してくるのか。 

 日本では医師の国家試験に合格することが最優先され、知識偏重になっているとの指摘がある。このため、病院の外来などで実際に患者に接して臨床技術を学んだり、話の中から病状などを聞き出す対話・コミュニケーション能力を高めたりする機会が少ない。 

 入院患者を専門的に診ていたときはそれでよかったかもしれない。だが、病院内外で看護師や薬剤師、介護福祉士など多様な職種の人々とチームを組むようになると、そうはいかない。 


 
●学生たちが集まる島に 

 「どうも『Drコトー診療所』のイメージが強くて」。長崎大学大学院医歯薬学総合研究科「離島・へき地医療学講座」の前田隆浩教授は苦笑する。 

 Drコトーは鹿児島県の甑島の診療所に勤務する瀬戸上健二郎医師をモデルとした人気漫画で、テレビドラマにもなった。要するに、都会に比べ貧弱な医療設備の中、聴診器だけを頼りに孤軍奮闘する医師のイメージだという。 

 前田教授が拠点とする離島医療研究所は長崎県五島市の五島中央病院にある。同市は五島列島の南半分、下五島の旧福江市などが合併して誕生した。五島中央病院は地域の中核病院で、設備も整い、病床も約三百床ある。 

 離島医療の実習で医学部生などが来ると「本土」と変わらない医療レベルに逆に驚く、と前田教授は言う。 

 前田教授の講座は二〇〇四年五月に開講した。長崎県と五島市が資金を出した。全国初の自治体による寄付講座だった。ここから医学部五年生を対象にした一週間の離島実習が始まった。 

 実習地も下五島から上五島、対馬と広がり、六年生は五週間の実習期間をとることになった。その後、離島で働きたいと希望する研修医も出てきた。 

 そして、医学部だけでなく、薬学部や歯学部も離島実習を始めた。離島が医療系の学部生の共通の勉強の場として活用されようとしている。 

 さらに、夏場を中心に他大学の医学部生を受け入れている。実績は福岡大、九州大のほか、大阪大、筑波大、北海道大と全国に及ぶ。広がる離島実習の人気の秘密は何だろうか。 


 
●現場から制度見直しを 

 病院や点在する診療所の医師、保健所や介護・福祉施設の協力を得ながら、より教育効果が上がるように実習の内容を改善してきたことがある。 

 離島やへき地は医師確保に苦労している分、医師の卵を歓迎する地域の雰囲気も強かろう。診療所の医師が地域の中に入って患者を診る。そこに医療の原点を感じるのかもしれない。 

 これからの医学部教育ではコミュニケーション能力育成がポイントだ。ヒントを得ようと、先月も東京医科大学教授などが下五島を訪れた。島根大や神戸大などは長崎大の試みを参考に地域医療教育に取り組んでいる。 

 もう一つ、九州でユニークな試みがある。大分県立看護科学大学は昨春から、大学院修士課程でナースプラクティショナー(NP)の養成教育を始めた。制度は米国や韓国にある。高度な知識や技術を持った看護師が医療現場でより重い役割を果たす。つまり、厳格な条件を付けたうえで医師業務の一部を引き受けようという考え方だ。 

 その実践の場をつくろうと、昨年、内閣府に規制緩和の「特区」を申請した。結果は厚労省の反対で認められなかったが、今年も再挑戦するという。 

 NPには看護師にも賛否両論ある。だが、介護福祉士や社会福祉士なども含め、迫り来る超高齢社会での新たな役割について、もっと議論していい。現実を踏まえた現場から、地方からの発想、意見で制度を変えていきたい。