病院PFI 構造欠陥    VFM(バリュー・フォー・マネー)は公共側のコストばかり。サービスの質はないがしろにされている。

 県西部浜松医療センター 院長小林隆夫先生他 理事・委員の皆さんと 独立行政法人化で意見交換をさせていただきました(2009年3月10日)・・上記写真 

以下「浜松情報」院長小林隆夫先生のインタビュー記事(2008年12月) 

四月の院長就任からこの半年強で感じられたこと、行ったことは? 
  まずはじめに、県西部浜松医療センター(以下、医療センター)は浜松医科大学関連教育病院であるばかりでなく、地域がん診療連携拠点病院、地域医療支援病院でもあり、高度な機能を有する六百六床の病院として、地域で必要とされる公的事業を行っています。 

また、医療センターは開放型病院として診療所の医師が病院の医師と共同して診療にあたるオープンシステムを取り入れています。 

私が浜松医科大学開学三年目(昭和五十一年四月)に浜松医大産婦人科へ来た時には、医療センターはまだ創設四年目を迎えたばかりで、その後の教育・研究のみならず、妻子もお世話になり、私にとっては切っても切れない病院です。 
  
医療センターは市民にとっても、私にとっても大変素晴らしい病院ですが、昨年来、様々な問題が指摘され、また一種の風評被害もあって大変な状況と世間に伝えられていました。 

私が会った何人かの人から「よくも火中の栗を拾いに来たね」と言われましたが、私には何を意味するのかその真意は不明でした。 

だから却って腹が据わったし、冗談にも「火中の栗だから拾い甲斐があるのではないでしょうか」と言い返しました。 
 私の強みは臨床、研究、そして教育です。医療センターに何が足りないのか、まずはじっくり体験してから考えることにしました。 
  
最初に気づいたことは「明るさが足りない、笑顔が少ない、挨拶が少ない」ことでした。病院からクレゾールの臭いが消え、ホテル並みに変わりつつある昨今、「暗い病院ではいけない、明るい病院にしなければ」、「患者さんは病気で心も暗くなりがちなのだから、職員全員で明るくしてあげなければ」と考え、まず職員訓示で「笑顔であいさつ、明るく、元気に!」を合言葉に「患者にやさしい、患者第一主義の病院にしよう!」と意識改革を訴えました。 


効果はあらわれましたか?  

当初は思うようにはいきませんでした。 
こちらから挨拶しても、なかなか挨拶してもらえなかったのです。 
ところがこちらから毎日挨拶し続けるうちに、現在は皆さんが挨拶するような気運が病院全体に浸透し「医療センターは変わったね」と言われるようになりました。 
今ではつい急いで挨拶を忘れると先方から挨拶され、「あ、しまった」と思うことがしばしばです。 
また、玄関は病院の顔です。玄関でも病院に出入りする人すべてに挨拶するように徹底していますが大変上手くいっていると思います。 
まさに「継続こそ力なり」です。これは挨拶だけでなくすべてに通じることで、医療センター職員は「為せば成る」なのです。 


意識改革の他にどのような指針を示しました? 
  
活性化に向けた大きな三本柱を掲げました。 
すなわち、医療情報室の充実、医療安全とリスクマネジメント、魅力ある研修医システムの構築です。 
そして、それぞれに担当副院長を置いて役割分担を明確にするとともに、病棟担当・外来担当副院長、さらには看護部長も副院長として看護部門の強化、入退院管理を任せることにしました。 

大学間や病棟間のセクショナリズムを廃止し、院長以下職員全員が一体となって病院運営を行うスタイルを目指したわけです。 
また、小林・木田両副院長には院長補佐として、お二人の経験を生かして病院運営に携わっていただいております。この八名に、私と事務系管理職で適宜戦略会議を行い、理事長も加わっていただき、経営や医療運営など重要案件を討議する体制を七月から整えました。 


その他にも改革が?

 院外処方の徹底(九八%程度)、薬剤師による抗癌剤混注業務の普及(八〇%程度)、PETセンターへの直接受診、職員によるTQM活動や業務改善計画書の提出(院長賞十万円の表彰制度あり)、毎週の業務報告会や勉強会開催、米国へ研修医の短期留学(来年2月予定)、宗教的輸血拒否患者に対する診療マニュアル見直し、院内暴力への対応(マニュアル見直しとポスター作成、警備員強化)、時間外受診の預かり金制度導入、クレジットカードの導入、人事考課制度の試験的導入、静脈血栓塞栓症リスク評価の導入、レジデントカンファランス(六年目までの若手医師と院長との対話  十二月から開始)をはじめ、病床利用率の向上やコストダウンなど様々な改革に取り組んでいます。 
職員一人ひとりが意識改革し、一つの方向にまとまれば、医療センターは素晴らしい病院になると確信しています。 
また職員との壁を取り払うために、院長室のドアは開放しておき、いつでも話ができるように配慮しています。 
さらに、毎日外来を中心として看護部長、事務部長と三人で院内を巡視し、問題点を解決するように努めています。患者さんが次回来た時に「前より良くなっている」と感じられるようにしたいと常に心がけています。 

ご専門が産婦人科とのことですが、医者不足や医療体制の不備などが話題になっている現状をどう感じますか? 
  
わが国の医師数(人口十万人あたり)は先進諸外国に較べ突出して少ないのに加え、医療訴訟の増加と刑事訴追、新医師臨床研修制度による大学医局の医師派遣能力の低下とそれに起因する医師の偏在、さらには医療費抑制策、勤務医の低待遇、高齢医師や女性医師の増加による実動医師不足などにより、医療崩壊の危機的状況にあります。 

産婦人科をみても、産婦人科医の約三分の一はお産をリタイアした高齢者、三十五歳以下の産婦人科医の大半は女性(二十代は約七割、三十代は約五割を女性医師が占める)、女性産婦人科医は結婚・出産・育児でお産の現場から離脱、十年経つとお産に関わっている医師は約半数のみ、開業産科医の減少、不妊・腫瘍専門医はお産に携わらないなど産科医不足は全国至る所で顕在化し、従来のようにどこでもお産できる環境は完全に失われています。開業医のみならず、市中病院からも産科医引き上げが常習化し、お産の集約化を進めざるを得ない状況です。 
  
皆さんご存知でしょうか?わが国の周産期医療は世界トップレベルであり、世界で最も安全にお産できる国として誇れるものがあります。 
現在でも世界平均では約二百五十のお産に一人の頻度で妊産婦死亡が起きていますが、わが国では約二万のお産に一人の頻度と極めて少なく、ちょうど総人口に占める交通事故死の頻度と同等な低さです。 

この二百五十のお産に一人という妊産婦死亡は、わが国ではちょうど一九〇〇年(明治三十三年)のレベルです。 
わが国の妊産婦死亡激減の理由は産科医療の目覚しい進歩に加え、現在では九九%を超えるお産は医療施設内分娩であることが大きいのですが、多くの国民は「母児共に安全にお産できて当たり前」と思い込んでいます。自分は今日交通事故で死ぬとは誰も思わないように、お産で死ぬなどと誰も思っていません。しかし、アジア・アフリカの発展途上国の人々は、お産で死ぬかもしれないと現実に思っています。 
なんと、約五十のお産に一人という高い妊産婦死亡が起こっている国が現在でもあります。 

患者にとっては日本は恵まれた環境ですね。でも、医師側は決して恵まれていない。 
  
お産は大出血など予期せぬ母児急変が起こり、とても怖い。 
お産で母児に何が起こったとしても当然、日本のお産体制はすでに限界を越え、絶対に安全なお産は不可能、今の世界トップの産科医療は、不眠・不休のボランティア精神で数少ない産科医がわが国の産科医療水準をかろうじて維持しているのが現実です。 

日本産科婦人科学会周産期委員会の二〇〇六年の調査によると約二百五十人に一人の妊産婦は、お産の時に超ハイリスク(死に至るほど)の危険性があることが判明しました。 
これはなんと、現在の世界での妊産婦死亡と同じ頻度です。 
お産が怖い事は世界の常識ですが、日本では非常識です。日本の優れた周産期医療体制が崩壊すれば妊産婦死亡は簡単に増加するともいえます。 


その優れた体制も崩壊の危機にあると? 
  
はい。 
この危機的状況に拍車をかけたのは、福島県の県立大野病院産科医師の逮捕に代表される刑事裁判の介入であり、奈良県や東京都の「妊婦たらい回し事件」報道などにみられるメディアの攻撃です。 

困難な疾患をどんなに一生懸命治療しても、結果が悪ければ犯罪者となるのでは誰もかかわりたくありません。医療過誤とは、医療事故の中でも、質の低い医療や明らかな不法行為があった場合で、患者さんが不幸な結果になった場合をいいます 

。医療事故といっても、普通の医療や質の高い医療を提供したにもかかわらず患者さんが不幸な結果になった場合は、医療過誤とはいえません。 
医療行為は絶対に安全なものではなく、常にリスクを伴い、医療従事者がどんなに注意をしても一定の確率で、いわゆる医療事故は起こるものです。 


メディアの表現、責任は重いですね。 
  
「妊婦たらい回し事件」などという報道は絶対やめてもらいたいですね。 
一体何を求めて報道しているのでしょうか?実際は「たらい回し」などではなく、自分たちの病院が受け入れることができないため、他の病院に受け入れを要請しているのです。 

救急車が立て込んだり、担当医が手術中や分娩中だったら、その患者さんを投げ出して新たな患者さんを受け入れることはできません。 
こういう報道をする人達には、是非一度救急現場を見てほしいです。今何が起きているのか現場を見てください。決して軽率な報道はできないはずです。 


こうした事の対策はどうするのがよいと思いますか? 
  
福島県立大野病院の問題にしても、奈良県の問題にしても、これらは個人の責任を追求するのではなく、この問題が起きた背景を明確にする必要があるでしょう。 
これらはすべてシステムエラーが原因です。 
産科勤務医が一人体制では緊急時の対応は不可能です。 
どんなに熟練した有能な産科医でも、突然の急変に対処することは事実上できません。 
産科救急はマンパワーが重要であり、複数の産科医、麻酔科医、小児科医、場合によっては脳神経外科医、放射線科医なども必要です。 

これらの医師が共同で診療にあたり、手術室や集中治療室の準備、さらには輸血の充分な供給が確保されなければなりません。 
このような産科救急体制は、地域で基幹となる総合周産期母子医療センターが本来なすべきであり、産科勤務医一人の病院がなすべきではありません。この体制の不備がシステムエラーなのです。 


新たなシステム構築が必要ですか? 
  
そうですね。今回は総合周産期母子医療センターが九ヶ所もある東京で問題が勃発しました。 
国、都道府県および地方自治体は、今こそこの現実を直視し、真剣にシステムを改善しなければならないでしょう。 

すなわち、個々の事例において個々の医師を責めるのではなく、いかにしたらこのような不幸な事例を二度と起こさないようにできるかを検討すべきです。 

産科医療システムの改善が不幸な事例の発生を防止することになり、そして万一予期せぬ事例が発生したとしても、医療安全調査委員会の早期設置、無過失補償制度の早期導入が医師および患者・家族双方を救うことになると思います。 


根本的に人も足らない、医師への労務体制も完全とはいえないですよね? 
  
わが国全体から見た総論的な対策として、診療報酬の引き上げ、医師、特に女性医師の就業や再就職支援(ワークシェア、フレックスタイム、院内保育所の確保など)、医学部定員の増加や地域枠の拡大、臨床研修募集定員の適正化、病診連携や病病連携の強化、労働環境改善、社会保障費の増加などが今後の課題と思います。また、無過失補償制度も脳性麻痺児に対する産科医療補償制度として、来年一月一日の出産から導入されることになりました。この制度が上手く機能し、将来的にはすべての医療行為に適応されることを願っています。 


浜松市の医療体制はどうでしょうか? 
  
現在浜松市では、医師会会員による夜間救急(一次、一・五次)、八つの総合病院による輪番制の二次救急(六日に一回)、そして医療センターと聖隷三方原病院による三次救急システムという、いわゆる「浜松方式」が機能していて、浜松市民は全国に例がないほど恵まれています。 

もちろん、診療受け入れができないことも時にありますが、消防や救急隊、そして総合病院同士で互いに連携してカバーし合っています。 

周産期医療にしても総合病院と開業医とのオープンシステムも取り入れられ、いわゆる「お産難民」もなく、浜松市民は非常に恵まれています。浜松市民にはこのことを是非知っていただき、浜松の医療体制維持に協力して欲しいですね。 


医療センターの取り組み、今後必要と思われることは? 
  
救急医療や周産期医療に関する浜松の優れた医療連携システムは、今後も崩すことなく維持していきますが、さらにより良いシステムを確立すべく努力したいと思います。この一環として医療センターでは、助産師を中心に妊娠からお産、さらには子育てまでサポートする「メディカルバースセンター」を来年四月から運用開始予定です。 
この構想は、まさに鈴木康友市長のマニフェスト「こども第一主義」の一環であり産科医不足から生まれた発想ではなく、地域参画型の母子に優しい病院の新しいスタイルです。 




どのような施設ですか? 
  
バースセンターは妊産婦の主体的なお産を目指し、助産師が女性の視点で継続的に関わります。妊産婦の自然のリズムを尊重するお産は、出産した女性の満足感や達成感を生み、子育てへの不安が少ないと考えられています。 

正常なお産は助産師がサポートします。外来は医師と助産師が共同で妊婦健診を行い、異常事態や医療介入が発生した際はいつでも医師がサポートします。病院の五階フロアは現在、「地域周産期母子医療センター」として母体・胎児集中治療室、新生児集中治療室を備え、小児科病棟もあります。 
ここに「メディカルバースセンター」を配置することにより、赤ちゃんから小児までの成育医療の機能がワンフロアーに集中します。 
また、新しいバースセンターに導入する「地域参画型」は、子育てNPO、公的保健師、保育士、臨床心理士、地域の小児科、産婦人科などと連携してまち全体で妊産婦や子どもをサポートし、病院としてコミュニテイの活性化に貢献できるようなシステムであると考えております。 


充実した施設ですね。 
  
「浜松で産みたい、育てたい、住みたい」という声が聞こえるような、より理想的な産科医療の実践を皆さんと一緒に目指します。 
オープンシステムとメディカルバースセンターを兼ね備えた病院は全国にも類がなく、医療センターの診療様式は今求められる周産期医療の理想的なシステムになると期待しています。 


在任中に、どのような病院にしたいですか? 
  
医療センターは平成二十二年四月から運営形態を地方独立行政法人に移行することが決定され、現在様々な検討がなされています。 

地方独立行政法人化後の医療センターの将来ビジョンとしては、「住民のいのちと健康を守る最後の砦」として地域医療連携を密にするとともに、公的病院としての役割を果たす、「マグネットホスピタル」として双方向性オープンシステムを確立する…の二つを私は大きく掲げたいと思います。 


マグネットホスピタルとはどのような病院ですか? 
  
「患者・医師を引き付けて離さない、魅力ある病院」のことです。 
将来的にはよい指導医のもと他の病院や診療所へも医師を派遣し、地域医療連携に機能する病院と位置づけています。 
  
先ほど申し上げたとおり、浜松市では現在、救急医療や周産期医療が上手く機能しており、浜松市民は非常に恵まれています。しかし、この状況がいつ崩壊するとも限りません。 

夜間・休日のコンビニ受診、タクシー代わりの救急車利用、医療従事者への感謝の気持ちを忘れたクレーマーの増加等々、臨床現場で働く医師は疲弊し、燃え尽き症候群で去りつつあります。医師の勤務に対しても労働基準法が導入され、もはや医師の正義感や善意(ある種のボランティア精神)だけでは現在の医療は成り立ちません。 


感謝の気持ち表現しなくてはなりませんね。 
  
誰だって「ありがとうございました」の一言で心は救われるのです。 
どんなに忙しくても疲れは吹っ飛んでしまいます。医療センターでは、職員も患者さんもこの気持ちを忘れないようにしてほしいと願います。 
そして浜松市民のいのちと健康を守る、親しみやすく安心して医療の受けられる病院にしていきたいと思います。 


具体的にどのような医療を目指したいとお考えですか?  

私が考えている今後の医療センター像は、救急医療、周産期医療、先進医療、がん診療、歯科口腔外科特殊診療、新興感染症(エイズや新型インフルエンザなど)、災害医療などの拠点病院として機能すると共に、高度循環器センター、呼吸器センター、消化器センター、内視鏡センター、人工関節センター、腎(血液浄化)センター、移植センター、糖尿病センター、血栓症センター、健診増進センター等を兼ね備えた高度な医療を提供できる病院と位置づけています。 

さらに浜松医科大学の教育関連病院として医師・看護師の教育、浜松市看護専門学校における看護師育成など教育にも力を入れていく予定です。 
これらが良い循環で機能すれば若い研修医も多く集まるし、若い研修医が増えれば病院が活性化します。 
自ずと教育にも力が入り、すべての医師の能力が向上するはずです。 
この活力が将来目指すマグネットホスピタルにとって大切なのです。 
医療センターは、今後も完全オープンシステム制度を保ちながら診療所・病院さらには浜松医科大学との連携を密にし、時代のニーズに応えた質の高い安全・安心な医療を浜松市民に提供しなければなりません。 
ここに掲げたビジョンを着実に実現し、医療センターを医療運営面・経営面で全国の医療機関の模範となるような病院に創りあげていく覚悟です。 


院長の夢や目標、今後の抱負、自身のライフワークは? 
  
私の専門は産婦人科ですが近年最も力を入れてきた仕事に静脈血栓塞栓症(深部静脈血栓症/肺塞栓症)の予防があります。 
エコノミークラス症候群(旅行者血栓症)という病気をご存知かと思いますが、この病気が出産や手術後に多発したため、私は平成十二年に日本血栓止血学会の静脈血栓症/肺塞栓症部会長として静脈血栓塞栓症予防ガイドラインを作成することに着手し、わが国ではじめての予防ガイドラインを他学会と共同で完成させ、平成十六年に公表されました。現在は入院や手術に際し、当たり前のように何らかの静脈血栓塞栓症予防対策が取られるようになっていますが、これは本当に最近のことなのです。医療の質の向上や院内安全管理において、医療事故や感染防止対策などとともに重要なリスクマネジメントといえます。 

さらに現在は日本人のエビデンスに基づいた新しい抗凝固薬も保険適用され、予防ガイドラインの改訂作業中です。より良いガイドラインを国民に提供し、肺塞栓症による不幸な死亡を一人でも減らしたいと思います。 
  
医師としての第一線をリタイアした後に最もやりたいことは、日本の歴史の起源を明らかにしたいことです。 

まず無理でしょうが、これは夢です。医学の進歩はまだ誰も知らない新しいことを世に出す大切な仕事ですが、歴史や考古学はどうでもいいように見えても壮大な人生のロマンがあります。 
好きな海外旅行は六十代までで、後は趣味である料理を楽しみながら、全国各地の探索をしたいですね。 

浜松の医療、日本の医療がますます充実するためにも頑張って下さい。