「単なる医学部定員増は「穴が開いた風呂桶に水を入れること」 - 財務省主計局主査・八幡道典氏に聞く◆Vol.1



「単なる医学部定員増は「穴が開いた風呂桶に水を入れること」 
- 財務省主計局主査・八幡道典氏に聞く◆Vol.1 

「医師の適正配置は職業選択の自由の制限に当たらず」(2009年6月9日訂正) 

2009年6月9日 聞き手・橋本佳子(m3.com編集長) 

 財務省の財政制度等審議会は6月3日、「平成22年度予算編成の基本的考え方について」という建議をまとめた。医療分野では、医師不足の解消を課題に掲げ、勤務医と開業医の給与格差の是正、診療科別・地域別の医師の定員設定などの手法を導入すべきだと提言したことが特徴だ。社会保障費の自然増を2200億円抑制する方針は堅持、医療費についても総額の議論のみならず、病院・診療所の診療報酬の配分の見直しが必要だとした。 
 本建議に対し、医療者側からは早くも異論が出ているが、財務省主計局主査(厚生労働第三係)の八幡(はば)道典氏は、「規制的手法は自由の制限であり、既得権益を持つ人が反対するのは当然のこと」と受け止める。建議の基本的考え方について聞いた(2009年6月5日にインタビュー)。 


 ――6月3日に建議を発表して以降、どんな反響がありましたか。 

 今回の議論では、公式にヒアリングした医療関係者は2人ですが、財政審の委員も、われわれ財務省も議論の過程で多くの医療者から話を聞いています。3日以降、医療界の方に直接話を聞いたわけではないのですが、メディアの話では、例えば読売新聞の方は「いろいろ問題があるのに、厚生労働省の動きは鈍かった」と。 

 ――読売新聞は昨年秋に、「医師の計画配置」の必要性を提言しています(『読売が「医師を全国に計画配置」を打ち出したわけ-読売新聞・田中秀一氏に聞く』を参照)。「厚労省の動きが鈍かった」の意味は。 

 例えば医師不足について、厚生労働省は、本当に必要なところに医師を増やす仕組みを考えてこなかった。単に医学部の定員を増やしても、ひらすら、「穴の開いた風呂桶」に水を注ぐようなものです。「それでは仕方がないのではないか」という報道していた日経新聞や読売新聞などは、「政府として何かを言わなければいけない」と思っていたようです。これまでは財源論が中心で、医療政策まではあまり取り上げてこなかったわけですが、「財政審が今回建議をまとめたのは、一定の進歩」と言っている人は多いですね。 

 病院勤務医の方々にも、財政審もヒアリングしたり、われわれもこれまで直接意見を聞いたりしていますが、「医療の現場の問題に、財務省や財政審が関心を持っている」とプラスに受け止めているのでは。 

 ――日本医師会は6月3日の会見で建議を問題視しています(『「勤務医・開業医の対立構造は遺憾」財政審建議への日医見解』を参照)。 

 その話は伺いました。日医が指摘されている所得比較などの問題は、非常におかしな議論です。所得から税金や社会保険料などを引いた額で比較すべきだとしていますが、これらが所得から引かれるのは勤務医でも、またサラリーマンでも同じです。 

 日医は、「開業医の場合、借入金の返済分を考慮しなければならない(そのため単純に勤務医と開業医の所得比較はできない)」とも主張されています。しかし、普通に会計処理的に考えれば、収入を考える際には借入金を考慮せず、収支差額(≒可処分所得)においてのみ借入金返済を考えるのはおかしい。子供がお小遣い帳を付ける場合と同じで、親からお金を借りたとする。お小遣いを使う際に「これは親に返さなくてはいけない分だから別」とだけ主張しても、「それはもともとは親から借りているお金だろう」ということです。 

 また「退職金を除いて可処分所得を考えるべき」と主張されていますが、開業医では退職という概念がないので、退職金相当をどう扱うかの話にすぎません。こうした議論は以前から繰り返されています(2007年11月5月の財政審資料の47ページ。PDF:3.3MB)。 

  収入は年齢による相違があり、平均値なので個人による違いはありますが、そもそも「手取り収入が1500万円(日医の試算では、個人立診療所開設者の手取り収入(55~59歳)は、事業所得から退職金積立、社会保険料、借入返済等を除いて約1500万円としている)くらいしかなく、困る」みたいな話をされていますが、われわれにはよく分からない発想です。それだけ収入が高いことを言いたいのでしょうか。 

 ――建議に対しては、「病院勤務医と開業医の対立を煽っている」という見方もあります。 

 そのようなつもりはなく、病院勤務医と開業医という軸、二分法だけで物事が解決できるとは思っていません。大変なところに予算を付けるという議論をしているだけです。もちろん、病院勤務医といっても多様で、仕事が楽な医師もいる一方で、やはり救急医療などに携わる勤務医は非常に大変な状況にあるわけで、そこにお金をつける。これは開業医でも同じで、例えば夜間も対応したり、往診をするような医師は大変なわけです。その一方、「9時-5時」の勤務で、2000万円とか3000万円の年収が得られるような状況は、国民感情にはどう映るでしょうか。 

 ――医師の偏在解消のために、建議では「地域や診療科を選ぶこと等について、完全に自由であることは必然ではない」とし、地域や診療科別の定員制的、適正配置的な発想の導入を提言しています。これに対する異論も医療界からは出ています。 

 自由にやりたい人が、「もう少しこうした方がいい」と言われて反発するのは当然でしょう。ただ、「ドイツ方式(保険医の開業医については10の地域や14の診療科ごとに定員枠を設け、開業制限を行うこと)を提唱した」とも言われていますが、必ずしもそうではなく、日本に合った医師の適正配置の方法を考えるべきという提言です。 

 医師の偏在、“医療崩壊”という問題が起こっていなければ、それでいいのです。あるいは地域医療が崩壊しても、それでいいという考えを皆さんが持つのであれば、諸外国は何らかの規制をしていても、日本は自由でいいのかもしれません。しかし、現実には問題がある。問題があるなら、解決をしなければならないのです。単に「お金をつぎ込めば解決する」というのは間違っていると思うのです。医学部定員を増やしても10年後にしかその効果は出ないというなら、まず痛んでいるところに手当てをしなければならない。 

 ――現状は「医師の絶対数の不足」ではなく、「医師の偏在」であるとお考えですか。 

 先ほども申しましたが、順番の問題です。医学部定員をどうするか、というマクロな議論は必要だと思います。ただ、風呂桶が傾いていたり、穴が開いていれば、幾ら大量に水を注いでも埋まりません。それと原理は一緒で、医師をいくら増やしても、今のままでは特定の診療科、楽な診療科に流れてしまう。そうではなく、必要なところに、ピンポイントにお金が流れ、医師が行く仕組みを作ることが先でしょう。 

 ――文科系の大学でも税金は使っています。また同じ医学部でも、国公立と私立では授業料等に差があります。仮に、医師の職業選択の自由を制限するなら、授業料等の格差も解消するという発想になりませんか。 

 診療科別、地域別の適正配置は職業選択の自由を制限することになるのでしょうか。例えば、国家公務員の採用は省庁別に行っていますが、これとほぼ同じだと思うのですが。医師になるためには国家試験があります。さらに診療科別の選択という視点が加わることが、職業選択の自由の制限に当たるのでしょうか。利益団体、既得権益を持つ側から見ると、規制が加わることに反対するのは当然でしょう。今まで自由だった活動が制限されることになりますから、気持ちとしては分かります。 

 ただ医療界の中でも現状を何とかしなければならないと考えている人がいます。今回、医療法人鉄蕉会亀田総合病院(千葉県鴨川市)の亀田隆明理事長にヒアリングしました。「医師の計画配置」には反対されていますが、専門医制度を米国的に作っていくことを先生は提案されています。また「標榜科の規制はしなければならない」とも指摘しています。 

 日本の場合、何の実績がなくても、「脳神経外科医」「心臓外科医」と名乗っている人がいます。実際には、心臓外科の手術件数はそれほど多くはなく、「何件以上」と要件を定めると、おのずから専門医の数は絞られる。症例数が本当に「医師の能力」に相当するか言えるかどうかは分かりませんが、ある程度、件数をこなさないと話になりません。 

 米国が必ずしもいいとは限りませんが、米国の専門医制度は症例数などの条件を設けることで、結果的に専門医の数を決めています。ドイツでは開業場所や診療科を制限している。「この方法でやらなければいけない」としているわけではなく、日本に合った仕組みを検討すべきだという提案です。 

 ――舛添要一・厚生労働大臣はインセンティブで誘導すべきだと強調しています。 

 両方だと思うのです。規制だけでやれるわけではなく、インセンティブも必要でしょう。医師のプライド、モチベーションを保つためには、あまり厳しく規制をするのも難しい。また従来は医局が一定の役割を果たしていました。事実上の仕組みか、制度上の仕組みなのか。インセンティブ的な仕組みか、競争的な仕組みなのかは検討課題です。 

【訂正】 2009年6月9日に、以下の点を訂正しました。 
・下から4段落目、「亀田総合病院(千葉県鴨川市)の亀田信介院長にヒアリング」となっていましたが、正しくは「医療法人鉄蕉会亀田総合病院(千葉県鴨川市)の亀田隆明理事長にヒアリング」です。