臨床研修制度」を見直す動きが強まる


『臨床研修制度」を見直す動きが強まる』 

(時時刻刻)臨床研修、競争の波紋 敬遠される大学病院 
2008.11.04 朝日新聞  
  

 国家試験を合格した医師に2年間の研修を義務づけた「臨床研修制度」を見直す動きが強まっている。医師の診る力を高めようと04年に始まったが、「地域医療崩壊の原因」とのそしりを受けているためだ。舛添厚生労働相は1年に短縮する考えも示す。だが果たして短縮で効果は上がるのか。(野瀬輝彦、平塚史歩、阿久沢悦子、林敦彦) 


 「この制度で年8千人の研修医がブロックされている。2年(の研修期間)を1年にできないかと話している」 

 10月27日。妊婦が八つの病院に受け入れを断られ、搬送先の東京都立墨東病院で死亡した問題を受け、地元の江戸川区医師会を視察した舛添厚労相はこう語った。産科医ら勤務医不足の背景に、臨床研修制度がある、との見方を強くにじませた。 

 地方の大学病院からは「研修が短くなれば、それだけ早く大学医局に戻ってくる」との声も。制度見直しを歓迎するのは、研修医が思うように集まらない危機感からだ。 

 10月16日、来春卒業する医学生らの研修先が決まる「研修医マッチング」結果が発表された。医学生は研修希望の病院名を、病院側は面接などを踏まえて採用したい医学生の名前を挙げ、それぞれコンピューター登録。「相思相愛」だと決定する仕組みだ。 

 今年は卒業予定者ら8167人が研修希望を登録し、7858人の研修先が決まった。うち大学病院は49%で、4年連続の半数割れだった。 

 04年以降、定員割れが続く群馬大学。あえて昨年から定員を20人減らし、59人にした。それでも今年のマッチングでの充足率は49%。臨床研修センターの峯岸敬センター長は「学生は専門性の高い大学病院を敬遠する傾向がある。加えて群馬は地理的に東京が近く、学生が離れやすい」と分析する。 

 同大6年生の男子学生(24)は、出身地である東京都内の総合病院を希望。マッチングはかなわなかったが、今後もほかの総合病院を目指すという。「様々な症例の患者を多く診たいが、大学病院では難しい。早く一人の医師として自立したい」 

 東北出身で、青森県の弘前大学6年の男子学生(23)は、都内の総合病院での研修が決まった。「将来は大学病院に戻るかもしれないが、若い間は都市部の総合病院で勉強したい。先輩たちに聞くと、大学より指導体制がきちんとしていて、診療の力もつきそうだ」と話す。 

 厚労省研究班は昨年9月、研修医1万5千人を対象にしたアンケート結果をまとめた。2年目の医師に研修体制について聞いたところ、大学以外の総合病院では62%が「満足している」と答えたのに対し、大学病院では43%と20ポイント近い差があった。さらに大学病院では改善すべき点として「雑用が多い」「待遇・処遇が悪い」「必要な症例・手技の経験が不十分」「他の医療職種との連携がうまくいかない」などを挙げる人が24~14%おり(複数回答)、その率は総合病院の6~2倍高かった。 


 ●差別化図る地方病院 学生に情報誌、月給上積み 

 研修医の募集定員は、予定数の1・4倍以上。「売り手市場」で大都市圏の充足率が高い。今年のマッチング結果を都道府県別にみると、東京が9割超でトップ。神奈川や福岡などが8割の一方、富山、鳥取など5県が5割を切るなど開きがある。 

 新潟県内の病院での研修が決まったのは94人。昨年より21人多く、充足率は62%と15ポイント上昇。最も高い伸び率だった。 

 県と17病院は昨秋から、連携して研修医の獲得に力を入れた。ホームページに登録した学生に定期的に情報誌を送り、都内で合同説明会を開催。県の担当者は「新潟大で11人増えたほか、4病院で定員を確保できた。成果が少しずつ出てきた」と評価する。 

 個々の病院も工夫を重ねる。充足率が52%とワースト8位だった青森県。八戸市立市民病院は、地元特産ウニご飯のある食堂やビジネスホテル並みの当直室、最近10万円アップして45万円にした月給などを軽妙に、ホームページでPRする。 

 04年に定員の半分ほどだったのを機に、研修内容とホームページを見直した。「中心は、救急に重点を置いた研修プログラム内容。だが、それだけでは若者を引きつけられない」と臨床研修センター所長の今明秀医師。 

 翌年から定員15人程度に対し、約80~120人が見学に来るようになった。定員も毎年ほぼ満杯。今年は10人の決定にとどまったが、気落ちはしていない。「近隣の他の病院も同様にプログラムや給与を改善している。地域全体の希望者アップに役立てば」 

 研修医は即戦力でなく、県内の深刻な医師不足を解決するわけではない。だが「将来的に研修先に残ったり戻ってきたりしてもらえれば医師確保につながる」と県は期待を寄せる。 

 兵庫県は昨年から、県内の病院で研修を終えた医師を県職員として採用する制度を導入。待遇が安定し、子ども病院など県立専門病院で学べると強調する。だが今年の結果は、昨年より6ポイント低い73%。「残念な結果」と担当者は肩を落とす。 


 ○医学部教育含め議論求める声も 

 厚労省は対策に躍起だ。今年7月、大学病院での特別枠に限り、2年間の中でも特定の診療科での研修の比重を重くし、専門医を早く育てるプログラムを小児科や産婦人科などで認めた。今年は40大学が参加したが、時間不足もあり、充足率53%にとどまった。 

 3月には、大都市圏の都府県を対象に、研修医の募集定員を減らすよう求めた。 

 大都市圏も医師数の余裕はない。厚労省は今夏、医学部定員を将来的に1・5倍まで増やすとの方針に転じた。来春は過去最大の8300人程度に増える見込み。だが、一人前になるまで約10年かかり、即効薬ではない。 

 「研修制度見直し」を舛添厚労相が発言するのは、直ちに医師不足を解消する策がないことへの裏返しでもある。 

 ただ、研修期間を2年から1年に短縮するなど、制度を見直せば問題は解決するのか。大学医局が再び、医師派遣の役割を担えるのか。 

 見直しを議論するため厚労省と文部科学省が今秋設置した専門家会議の委員でもある福井次矢・聖路加国際病院長は「医師不足は、臨床研修だけが原因ではない。まずはその原因をきちんと分析しなければ」とクギを刺す。「米国に比べて日本の医学生は、見学型実習が多く臨床能力に劣るため、卒業後の研修を2年間にした。見直すなら医学部教育を含め、全体をみて議論すべきだ」 

 日本医学教育学会理事の藤崎和彦・岐阜大学教授は、「そもそも専門医志向の強い大学の医師に、数あわせのように無理やり地域医療を担わせるのは難しい」と話す。「地域医療を志す若い医師や学生は少なくない。その意志を生かせる環境づくりが大切だ。さらに今後、医学部定員が増えても教員数は増える見込みがないという問題がある。こうした問題を放置したまま、臨床研修を変えても根本解決にはならない」 


 ◆キーワード 

 <臨床研修制度> 将来の専門分野にかかわらず、どの医師も、患者数の多い外傷や病気の初期診療(プライマリーケア)にあたれる能力や態度を備えてもらおうと04年から必修化された。2年間に内科と外科、救急(麻酔含む)の三つと、小児科、産婦人科、精神科、地域保健の4分野を必修する。医学生は卒業前年の秋に、1千以上の病院がつくった研修プログラムを見比べて応募する。導入前は7割以上が大学病院で研修。多くがその後も医局の意向に沿って「転勤」するなどし、地域の病院から求められる枠を埋めていた。だが制度開始後、大学に戻らず、都市部の総合病院で腕を磨く傾向が強まった。大学医局に若手が足りず派遣力が落ちたことから、地域の勤務医不足が加速したと言われる。