長崎新市立病院が期待される機能を十分果たせない恐れがある。 長崎市は「今の計画を早急に進めることが住民への責務」と繰り返しているが、医療の在り方を考えた場合にその判断は正しかったのか?。長崎市には重い責任が課された。・・・



『長崎新市立病院が期待される機能を十分果たせない恐れがある。 
長崎市は「今の計画を早急に進めることが住民への責務」と繰り返しているが、医療の在り方を考えた場合にその判断は正しかったのか?。長崎市には重い責任が課された。・・・ガイドラインや新しい財政支援措置は長崎市民に大変メリットがある。 
長崎市が面子を捨てて 医師確保が確実な統合に前向きになることが 市民に対する責務ではないのか。長崎大学の提案を無視して医師確保できる自信が 長崎市にあるとは思われない』 
  

記者の目 /報道部 佐藤烈/大規模病院建設構想が頓挫/市民病院と原爆病院の統合で県と長崎市/築けなかった信頼関係/建て替え計画など障害/交渉手法にまずさも/高度医療実現は宙に 
2008.11.02 長崎新聞   
  
 長崎市立市民病院(同市新地町)と日赤長崎原爆病院(同市茂里町)を統合して大規模病院を新設する構想は、長崎市の反対で実現可能性がなくなった。研修医の“大学離れ”に悩む長崎大の提案をきっかけに浮上した構想は、深刻化する医師不足の改善策としてだけでなく、救命救急センターの整備など長崎市の将来の高度医療をどう確保するかという点で、極めて重要な提案だった。だが、病院の建設候補地に県庁舎跡地を提案して長崎市の不信を買った県の対応のまずさもあり、構想実現の前提である県と長崎市の信頼関係が築けなかったことが響いた。公立病院改革プラン検討協議会における論点を整理し、この問題を検証する。 


研修医の県外流出 

 ベッド数四百十四床の市民病院と三百六十床の原爆病院は、長崎市内では長崎大医学部・歯学部付属病院に次いで二、三位の規模を誇る。“大関”級の二病院を統合し、大学病院に匹敵する“横綱”級の高機能病院を新設。医師など医療資源の集約化で高度医療に対応できる人材を確保する一方、教育研修機能の充実で研修医を増やし医師不足改善につなげる-というのが構想の狙いだった。 

 背景にあるのは、研修医の“大学病院離れ”による深刻な医師不足だ。免許取得後の医師に病院での研修を義務付ける新臨床研修制度が二〇〇四年度に始まって以降、従来は出身大学での研修が通例だったが、症例の多い都会の民間病院を研修先に選ぶ医師が増加している。 

 長崎大も、同制度以前は医学部卒業生の六、七割程度と他大学からの計八十人前後が大学病院で研修していたが、今春は三十数人に減少。改善の見通しがないため大学病院が地方の公立病院などに派遣していた医師を引き揚げ、医師不足の一因になっている。 

 長崎大の河野茂医学部長は「研修医流出を止めるには、長崎市に高度医療と先進の臨床医学を学べる病院の存在が不可欠。長崎市だけでなく、県全体の医療向上につながり、患者のニーズにも合致する」と県と長崎市に対して今春、大規模病院構想を提案した。 

出だしでつまずき 

 だが、構想実現の障害となったのが、進行中の市民病院の現地建て替え計画だった。現在の市民病院と成人病センター(淵町、百七十六床)を統合し、四百五十床程度の新市立病院を一三年度末に開院する計画で、市は既に隣接地の用地買収などに着手していた。 

 新市立病院の計画地は景観形成地区にあり、建物の高さを三十メートル以下に規制。このため、長崎大と歩調を合わせて構想を強力に後押しした県は「目指す高機能病院を建設するには、建設場所の見直しが必要」として市に対し、水面下で大規模病院の建設候補地に現在地とは別の場所を打診した。 

 だが、県が提示した候補地の一つは県庁舎移転後の跡地(江戸町)。庁舎移転に地元商店街などが反発して跡地活用策が話題になった時期と重なったため、長崎市幹部は「構想の絵を描いたのは県。大学は乗せられただけ」「庁舎問題を解決したい金子知事が、政治的に利用しようとした」と県への不信を募らせ、構想は出だしでつまずいた。 


「高機能」で不一致 

 さらに議論を複雑にしたのが、高機能病院に対する認識のずれだ。市が示した新市立病院建設の基本計画では、ベッド数四百五十床で高度医療機能として救命救急センターに準じる機能や脳血管障害、がん医療、周産期医療などを掲げる。 

 同市の楠本征夫病院事業管理者は「われわれが計画する新病院の方向性と大学側の提案は基本的に一致しており、問題は原爆病院との統合と建設場所だけ。現計画のどこが問題なのか、よく理解できない」と戸惑いを隠さなかった。 

 これに対し、県がまとめた基本計画は延べ床面積が市案の一・五倍の四万八千平方メートルで、病床は六百床。医師数も原爆病院との統合で百八人を確保できると想定し、非常勤を含めても八十二人の市案より二十人以上多い。これに加え、魅力ある高機能病院とすることで計七十五人の研修医を確保できると見込む。 

 河野医学部長は「高機能病院には相当数の医師が必要だが、医師不足の中、原爆病院との統合抜きに多くの医師を確保するのは困難」「市の計画では、研修医を集めるだけの魅力とインパクトがある病院はつくれない」と指摘。 

 県内唯一の救命救急センターがあり、多くの若手医師が研修先に選んでいる国立病院機構長崎医療センター(大村市)の米倉正大院長も「救命センターのある病院には最低でも百人以上の医師が必要」「市の計画では、高度で良質な医療を提供するのは難しい」と市計画の実効性を疑問視した。 


トップの議論不足 

 大規模病院構想は公立病院改革プラン検討協議会長崎地域分科会(座長・矢野右人県病院事業管理者)で論議されたが、構想を実現したい長崎大と県、反対する長崎市の間で平行線をたどり、具体的な進展がないまま終了。県は大規模病院の詳細な基本計画を示して必要性を訴えたが、委員からは「長崎市と話を詰める前にこんな計画を作って何の意味があるのか」「二時間や三時間で話が進む問題ではない」などと、県への批判が噴出した。 

 委員が指摘したように、市民病院の設置者である長崎市の同意なしに構想を前進させるのは不可能。市にとって、新市立病院建設は長い時間議論を重ね、議会の承認を受けて進めてきた計画であり、これを根本から見直すとなると、議会対策や住民への説明など相当のエネルギーを要する。 

 また、県の基本計画は、病院の運営方式として市が施設を建設、運営は指定管理者に委ねる「公設民営」を提案。「公設公営」とする市案に比べて人件費の削減など病院経営の改善が見込める一方、抜本的な病院改革が必要で、労使交渉も容易ではない。協議会で事務方だけが議論し進展する問題では到底なかった。 

 既に動きだしている市の計画を根本から見直すには、田上市長の政治決断しかあり得ない。金子知事は十月二十八日の定例会見で「田上市長と会った時に話はしたが、ほかの話もしながら軽く話しただけ」と説明した。だが、知事がこの構想を本当に実現しようと思うのなら、まずはトップ同士で十分話し合い、田上市長に理解を求める努力をすべきだった。 

 大規模病院建設構想については、医療関係者のみならず、長崎市議会にも必要性を認める声が少なからずあった。知事と市長が信頼関係を築き、病院建設に伴う県の支援策などを含めてもっと議論を深めていれば、構想が進展する可能性はあったはずだ。 

 懸念するのは、論議の過程で多くの医療関係者が指摘したように、新市立病院が期待される機能を十分果たせない恐れがあることだ。長崎市は「今の計画を早急に進めることが住民への責務」と繰り返してきたが、県都の医療の在り方を考えた場合にその判断は正しかったのか。長崎市には重い責任が課された。