銚子市立総合病院のケースについて言えば、市の対応が後手に回ったことが反省点だろう。他の自治体が相当の準備期間を置いて引き受け先医療法人を探し、民営化を実現しているのに対し、銚子市はその準備を怠り、いきなり医師不足に直面。年度途中での休止という失態を演じた。


『銚子市立総合病院のケースについて言えば、市の対応が後手に回ったことが反省点だろう。他の自治体が相当の準備期間を置いて引き受け先医療法人を探し、民営化を実現しているのに対し、銚子市はその準備を怠り、いきなり医師不足に直面。年度途中での休止という失態を演じた。市議会与党内にも「日大の医師引き揚げ通告を受けた昨年十月に直ちに経営形態の変更を含む検討に入っていれば、休止は回避できたのではないか」との声』 

【銚子市立総合病院休止の教訓】自治体が地域医療を守れないとき=医師不足への対応、後手に回る 
2008.09.29 時事通信社 地方行政  
  

 関東地方の最東端、千葉県銚子市で地域医療の拠点の一つだった市立総合病院が九月末に全館休止される。医師不足から、診療に必要な体制を維持できなくなったためで、七月上旬時点で百七十人近くいた入院患者らは近隣病院への転院を余儀なくされている。人口七万人強の自治体で市立病院が存続できない事態は、公的医療機関をめぐる環境の厳しさ

 「病院経営が立ち行かなくなった中で、市がこれ以上財政支援を続ければ、市本体が危うくなる」──。八月二十二日、同病院の休止関連議案が市議会で可決された後、記者会見した岡野俊昭市長は堅い表情で説明した。「市立病院の存続はわたしの大事な公約。休止で転院を余儀なくされる入院患者にはわたしの友人もいる。大変つらいことだが、苦渋の選択をした」。そう語る市長の心情に、少なくともうそは感じられなかった。 

【経営縮小の悪循環】 

 銚子市立総合病院は市内のローカル線、銚子電鉄「観音駅」の近くにある。一九五〇年に診療所として設立。八一年に日大医学部の関連病院となったことで、同大から医師の派遣を受けられるようになり、安定経営が実現。八四年に総合病院として承認され、二〇〇〇年までに現行の三百九十三床体制を整えた。 

 しかし、国が〇四年に「新医師臨床研修制度」を導入すると、環境が一変した。内科や外科、救急部門などの臨床分野で研修が義務化されたのに併せて、研修先の病院を自分で選べるようになったことで、研修医が都市部に集中。そのあおりで地方で医師不足現象が広がり、銚子市も直撃を受けた。 

 市の資料によると、同病院の常勤医師は〇六年春までは三十五人前後で推移していたが、二年後の今年四月には十三人と約三分の一に減少。この間、結核病棟と精神神経科病棟の一部を閉鎖したほか、産科を休止。内科入院や救急機能も一時的に休止といった事態が相次いだ。並行して、〇四年度に三十一万二千人に上った入院・外来患者数は〇七年度には十九万一千人と39%もダウン。 

 〇七年度の医業収益は二十億九千二百万円と三年前に比べ41%減少し、純損失二億四千万円と四年連続の赤字だった。しかも〇七年度の病床利用率は43.3%に低下した一方、人件費比率は78.2%に上昇。県健康福祉部は「医師不足で一部を閉鎖すれば病床利用率が低下し、医業収益も悪化する。そのため医師の確保がさらに難しくなるという悪循環に陥ったようだ」と指摘する。 

 もちろん市側もこうした事態を放置していたわけではない。〇六年七月の市長選で市立病院存続を公約した岡野市長が初当選した後の二年間で、毎年度九億円の補助金や追加支援金など総額四十億円の支援を実施している。ただ、市も厳しい財政難に陥っており、この八月から、一般職員の給与と特別職の給与をそれぞれ平均4.5%、10~15%カットする措置に踏み切ったばかり。この上、病院に追加的財政支援する余力は残っていなかった。 

 昨年十月、日大から「大学の医局でも医師が足りない。市への医師派遣を中止したい」と通告された市は、県内で診療実績のある医大や医療法人などに医師派遣を要請。しかし、いずれも不調に終わった。今年五月下旬には岡野市長が堂本暁子知事と会い、県に支援を要請したが、「県も財政が厳しく、年度途中からの支援は困難」と事実上断られている。八方ふさがりとなる中で、岡野市長は七月七日に記者会見し、病院を九月末で休止することを発表。休止後に民間譲渡など新たな経営形態での再開を目指す方針を明らかにした。 

【根強い休止反対論】 

 しかし、病院存続を掲げた市長が九月末の休止を打ち出すのは、やはり唐突と言わざるを得ない。休止関連議案は八月十八日からの臨時市議会に提出されたが、それまでに市民から集められた存続を求める署名は四万六千四百人余りに達した。 

 臨時市議会では、休止反対派議員たちが市長に「公約違反」と詰め寄り、無所属市議らが「九月休止とはあまりに拙速。医療体制に空白をつくらないよう、せめて来年三月まで存続させ、その間に公設民営、指定管理者制度などの新体制への継承を探るべきだ」と主張した。また「北海道夕張市が最後まで守ったのは病院だ。病院を失えば、市のイメージを損なう」との批判や、「入院患者たちを全員転院させることは可能なのか」「二百人余りの病院職員の退職金など、休止に伴う経費でかえって六十億~七十億円の市負担になる」などの疑問も相次いだ。 

 だが、市側は「入院患者たちの転院に万全を期したい」と繰り返すばかり。当面存続させる提案に対しては、「肝心の医師がいない中で病院を存続すれば、二百人余りの職員たちに給与を支払うだけ」とにべもなかった。最終的に休止議案は、賛成一三、反対一二の一票差で可決された。 

 ただ、賛成意見を述べた公明党市議も「市長の方針転換にはあぜんとし、憤りを感じる」と不満を示す。市議会の可決は、医師不在という事態は覆せないという現実的な判断であり、だれも病院休止を望んではいなかったのも事実だろう。 

 休止発表時で一般百二十七人、精神三十九人に上った入院患者の転院はその後、おおむね順調に推移しているもようだ。懸念されたのはうつ病など精神神経科の患者約千人への対応で、市内に別の受け入れ施設がない。このため、県と千葉大医学部が協力して十月から暫定的な精神神経科診療所を病院施設内に開設。乳幼児らの急病に対応する臨時の夜間診療所も設置する予定で、事態を緩和することにはなりそうだ。 

【抜本的な形態見直しが必要に】 

 このところ公立病院が民営に移行するケースが頻発している。全国的な統計はないというが、千葉県内だけでも後継医療法人を選定中の浦安市川市民病院(浦安市)をはじめ、五つの公立病院が〇四年度以降に民営化や規模縮小などで経営形態を変更。市町村立・組合立のままの施設は二十五に減った。これらは医師不足ばかりが原因とは限らないが、公立病院をめぐる環境が一段と厳しくなっていることは確かだ。 

 こうした中、厚生労働、文部科学両省は九月八日、新臨床研修制度見直しのための有識者検討会を合同で設置したが、改善策の実施は一〇年度以降とされる。内部には「同制度は医師不足の最大要因ではない」との意見もあり、地方の医療環境がすぐに変わる気配はない。 

 銚子市のケースについて言えば、市の対応が後手に回ったことが反省点だろう。他の自治体が相当の準備期間を置いて引き受け先医療法人を探し、民営化を実現しているのに対し、銚子市はその準備を怠り、いきなり医師不足に直面。年度途中での休止という失態を演じた。市議会与党内にも「日大の医師引き揚げ通告を受けた昨年十月に直ちに経営形態の変更を含む検討に入っていれば、休止は回避できたのではないか」との声はくすぶる。市幹部は「日大だけでなく、複数の医大と提携していればこれほど急速には不足しなかったかもしれない」とこぼす。 

 市は来春にも病院を再開させたいとしているが、「いったん閉鎖された病院を引き受けてくれる医療法人が現れるだろうか」(反対派市議)という疑問はなかなか消えない。だがそれ以上に深刻なのは、市民に「市は住民の安全を守る気があるのか」という不安感を抱かせたことだろう。市政への信頼感を回復できるかどうか、市が負った責任は重い。