公立病院改革を批判する人に贈る公務員経営の真髄・・・・

 公立病院改革を批判する人に贈る公務員経営の真髄・・・・ 


2008年8月30日 読売新聞「叙情と闘争」 

辻井喬 堤清二回顧録 抜粋 

1970年代後半 ソビエト一党独裁下の官僚主義批判 


ソ連文化省ピョートル・イリイチ氏のお話・・ 

「わが国で役人を勤め上げる方法は三つあります。ここだけの話ですけど」と話始めた。 

「その第一は、命令を受けてもすぐ仕事に取り掛からない事です。それは指示命令がしばしば変わるからです。上司は命令の矛盾の責任を決してとりません」 

「第二は、大丈夫だと見定めて取り掛かっても、決しててきぱきやり過ぎないことです.やり過ぎると、前任者がサボっていたのが明らかになります。 
わが国では事実はどうあれ、密告されたら一巻の終わりなんです」 

そうして 少し沈黙した後で「第三の、失敗しない秘訣は、自分の思想を持たない事なのです。自分の思想を持つと腹の立つことがあまりに多い、そうすると人とぶつかります。決して自分の思想を持ってはならないのです」 


黒澤明「生きる」で小田切みきがくすっと笑うシーンを思い出しました「なぜ公務員志村喬は一日も休まないのか?休むと休んでも何も変らないという事が知られてしまうのでとにかく休めない・・・」 


 ・・・・おもちゃ工場の工員役小田切は 死の宣告をされた志村喬の前で「こんな仕事でも何か作るというのは楽しいのよ。」といって自分の作ったおもちゃを動かす。結局この場面が映画のクライマックスであった。 
文書に埋もれた役人、たらいまわしの役所。少しずつ改善されているところもあるとはいえ、あの当時と今の役所がそんなに変わっているわけではない。あれから50年、日本は何をやってきたのだろう。 


人のために役立つ仕事をすれば、生きる喜びが味わえるのでは」 と思い立つ。役所へ戻った役人渡辺勘治(志村喬)は、住民の陳情に応え、汚いどぶを埋め立てて、公園を造ろうと動き出す……。 
 ここで場面は、いきなり5カ月後の、葬儀へ飛ぶ。 
 渡辺勘治は、自分が造った公園で死んだ。雪の降る寒い夜、人知れず、倒れているのを発見されたのだ。司法解剖の結果 、胃ガンによる出血死だった。 
 彼が、どういう心境で死んだのか、映画は謎のまま終わっている。問題提起はできても、解決の道は分からない、というのが、黒澤監督の本音だろう。 


『京都府 大江町病院 伊藤町長は 志村喬!』(長隆) 

新大江病院発足記念祝賀会で、改装になった病院を見て、職員も顔が明るく活き活きとしていることが本当に嬉しく思いました。 
 医師不足で、悩んでいた町の対応が、後手後手になっており、到底医師に来てもらえるような設備・医療機器が揃っていませんでした。 
 新法人設立を機に、夜間診療が始められること、診療科目が増加することなど、目覚しい大改革で、初年度から黒字となることが確実と思われます。 
 全員解雇され再雇用された職員の方々に申し上げたい。 
『努力した人が報われる病院 日本一の実現を信じて下さい・・・』と。 

 伊藤町長に心からの敬意を・・・。 
町長リコール.再選など、嵐の中の1年余り、黒澤明監督の名作「生きる」の志村 喬をホーフツとする静かだが町民のために命をかけて取り組んで成功させた・・・。全国の自治体病院にやればできること教えてくれた伊藤町長に私はほれ込んだわけです。