銚子市民病院・・ 休止後の病院再開の可能性について、多くの医療関係者は「先行きは暗い」と口をそろえる。いったん病院を倒した自治体を医師は信用しない。二度と再建できないだろう



『銚子市民病院・・ 休止後の病院再開の可能性について、多くの医療関係者は「先行きは暗い」と口をそろえる。いったん病院を倒した自治体を医師は信用しない。二度と再建できないだろう』 

[市民病院・休止の波紋](中)表明 再建策、十分な検討なく(連載)=千葉 
2008.08.21読売新聞   
  

 ◆いきなりの表明 

 3月13日の銚子市議会。岡野俊昭市長は「市立総合病院への繰り出しの上限は9億円。追加支援は、市財政が非常に厳しいため、不可能である」と答弁、病院存続を事実上断念した。 

 この日から7月7日の休止表明に向け、カウントダウンが始まった。 

 翌日の議会では、「9億円でできると、私たちのところで説明がなされた。私はそれを信用してきちんとやってきた」と、病院側の意向に配慮してきたことを強調した。 

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 発言の背景には、2007年10月に病院事務局が作った「経営健全化計画」がある。08年度からの5か年計画で、市から毎年9億円の繰り入れを前提に、09年度から黒字化するとした。今年3月まで事務局長だった元市幹部の高城順吉氏(60)は、「当時の診療体制で可能な限り収益を上げる方法を考えた」と話す。 

 しかし、内容を疑問視した市側は経営コンサルタントに調査を委託。3月にまとまった報告書は、計画を「かなり甘い」と切り捨て、「08年度は9億円以上の追加資金の投入も覚悟する必要がある」と指摘した。 

 高城氏は「医師がどれだけ集まるか見通せず、計画通りにいくか分からない点もあるが、十分に実現可能な内容だった」と反論。「報告書は、病院存続のための処方せんを示していない。市長の狙いは『病院つぶし』ありきだったのではないか」と語る。 

 確かに、一般病床の単価を1日3万円に設定するなど、現状に比べ強気の見通しも含むが、「公設公営」の中で収支均衡を目指し、事務局が知恵を絞った計画だ。市側は今後の病院経営を考える選択肢の一つとして、内容を十分検討する必要があったが、市長は「ノー」を突きつけた。 

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 3月17日、当時の佐藤博信院長が、任期を1年8か月残して辞職願を出した。「精神的な疲労」を理由に挙げたが、親しい人には「9億円という資金の上限を決められ、右腕だった事務局長も替えられた。市は本当に病院を立て直す気があるのか」と漏らしたという。 

 院長不在は、医師集めに影響を及ぼした。3月時点で1人の採用が決まったが、4月以降の着任が固まっていた2人は、キャンセルになった。07年10月に16人まで落ち込みながら、「08年度中に20人体制を確保できる」(病院関係者)勢いだった常勤医師は、再び減少に転じた。 

 全国自治体病院協議会は「事務局が頑張っていたので、こちらも銚子を助けようと、7月1日に医師1人を送ったが、6日後に休止を聞かされた。あまりに対応がひどすぎる」(医師求人求職支援センター)と不快感を隠さない。 

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 5月26日。市長は県庁に堂本知事を訪ね、「病院が大変だ。何とかしてほしい」と支援を要請した。そこで公設民営や診療規模の縮小など、具体的な経営改善策の検討を求められたが、市側は何も手を打たなかった。市長は7月3日、再び知事を訪ねたが、期待していた財政支援は難しいと知り、4日後に休止を表明した。 

 県関係者は「改善計画を立てる前で、しかもいきなり休止だったので驚いた」と振り返る。 

 休止後の病院再開の可能性について、多くの医療関係者は「先行きは暗い」と口をそろえる。国保成東病院(山武市)の坂本昭雄院長は、明快に言い切った。 

 「いったん病院を倒した自治体を医師は信用しない。二度と再建できないだろう」