金沢医科大新理事長、山下公一氏 「氷見の次は 能登」と言う 力強い発言・・・氷見の成功は全国の医科大学に大きなインパクトになるのではないか。


オランダ キューケンホフ


『金沢医科大新理事長、山下公一氏 「氷見の次は能登」と言う、力強い発言・・・氷見の成功は全国の医科大学に大きなインパクトになるのではないか。』 


人つれづれ 金沢医科大理事長、山下公一(やました・こういち)さん 次は能登の医療支援 
2008.06.13 北国新聞  
 金沢医科大氷見市民病院が難産の末、何とか滑り出し、理事長のバトンを引き継いだ。氷見市側の要請からわずか一年で開院し、二カ月が経過した。「患者さんからは安心できる質の高い診療だと評価してもらっている」と笑顔を見せる。 

 経営が悪化した自治体病院の指定管理者として私立の医科大が経営に乗り出すのは全国で初のケースであり、「成功に導くため、学内が一体となって取り組んでいく」と就任最初の命題に全力投球の構えだ。 

●先を見据える 

 しかしこれまで、「能登をほったらかして、どうして県外へ出て行くのか」との声もあった。氷見市側の熱意に押された格好だが、「氷見が軌道に乗り、余力が出てきたら能登地区の医療支援を考えていく」と先を見据えている。 

 理事長就任にあたり、「これまで世間が求める医者を育ててきたか」という疑問がわいた。日本の医学教育システムは専門医養成に偏重しており、初期診療(プライマリーケア)を教育できる専門家が十分いるとは言えないと考えている。 

 「患者に適切な診断を行い、適切な治療を施し、手に負えない場合は遅れることなく適切な専門医に紹介転送する。そんな医師の育成に力を入れたい」。教育面での今後の抱負である。 

●「改革は道半ば」 

 物腰は穏やかだが、芯はしっかりしているとの評もあり、強力なリーダーシップで大学を発展させた小田島粛夫前理事長を九年にわたって支えた。しかし「改革は道半ば」との思いだ。補佐役から経営トップとして、改革の継続に手腕が問われる。(藤井智) 

 津幡町出身。金大医学部卒。1974年に金沢医科大教授となり、同大病院副院長、院長などを経て96年から副理事長。今月1日から現職。77歳。