高知医療センターは, 救急をやめるべきだ・・立派な建物に経費を掛け過ぎた上、看護師らの給料も民間より高い。このまま総花的運営が続くと赤字は肥大化。それゆえ人員増もできず、今居るスタッフは消耗するだけ。


『高知医療センターは, 救急をやめるべきだ・・立派な建物に経費を掛け過ぎた上、看護師らの給料も民間より高い。このまま総花的運営が続くと赤字は肥大化。それゆえ人員増もできず、今居るスタッフは消耗するだけ。早急に「選択と集中」を施さないと破たんする。 
公立病院に税金を山のようにつぎ込むやり方は今後、難しいでしょう。今の形でどう頑張っても黒字化は無理。それなら、赤字の縮小を考えるべき。 
 高知医療センターは一番の重荷である救急を、ヘリ搬送対応ぐらいに整理すべき。近森病院のような体制でないと救急は難しい。診療対象を、民間ではできないような高度医療に特化すれば、政策医療ということで、多大な税金を投入しても県民は納得してくれる ・・納得できる良いご意見です』 
           

① 医師が危ない 密着、高知医療センター脳外科』(30) 第4部 驚きの「防波堤」 近森病院(6) 脳外科守る近森方式 
2008.04.17航対新聞   
  
近森病院の近森正幸院長(60)は突然、こちらに質問を振ってきた。 

 「高知医療センター(医療C)で今、脳卒中を診てるのは脳神経外科の先生だけですよね。先生方は皆、疲れている。あなたが病院長だったらどうします?」 

 記者「患者の受け入れを減らすか、新たな脳外科医を探すかですね」 

 院長「ところが医師はいないし、患者も止められない」 

 記者「脳梗塞(こうそく)を診てくれる神経内科医を探すか、高知赤十字病院(日赤)のように救急医を手厚くするかですね」 

 院長「しかし、現実は両方とも難しい」 

 記者「脳外科医の報酬を上げるか、慰めるかですねえ」とつぶやくと、院長はこう言った。 

 「答えは、手術を要しない患者さんは、内科の中堅までの先生に診てもらうんです。脳外科や神経内科の先生がまず診て『この方針で診てください』と指示を出す。そして、脳外科の先生も一日一回、必ずチェックすればいいんです」 

 内科とは循環器科や消化器内科などのことだ。しかし、内科も忙しいから余裕はないはず。疑問を呈すと「医療Cなら無理でしょう。でも、当院はできるんです。内科の先生は皆、一応、脳卒中に対応できる体制にしているんですよ」 

 そう言って、神経内科を例に持ち出した。同科は今、医師が三人いるが、昨年四月までは山崎正博部長(58)一人だった。 

 「脳卒中のうち六割は脳梗塞。四月まで膨大な数の脳梗塞の患者さんを一人で診てくださっていた。なぜ、それができたか。診察後は内科の先生方が主治医をしてくださってたからです。これも一つのチーム医療です」 

 医療Cでは逆に神経内科が十九年六月までに三人とも退職。それ以降、脳梗塞患者はすべて脳外科が診ており、大きな負担になっている。 

 その点、近森は“大内科制”を敷き、診療科目は別々でも、各科が重複して診療する。それにもともと、脳梗塞は内科の疾患。というわけで、脳疾患患者が来たらまず救急外来で救急医が診察。神経内科の対応で済む場合はそちらへ。外科的処置が必要な場合は脳外科医を呼ぶという。 

 「脳外科の先生には二つのバリアーがあるんです。だから、雑用に追われず専門性も高められるし、夜中の手術もしっかりできるんですよ」 

 日赤の救急部とはまた違う形態の「防波堤」があるようだ。そして、院長の話は医療Cの経営体制にも及んだ。 

 言わんとするところは要するに、立派な建物に経費を掛け過ぎた上、看護師らの給料も民間より高い。このまま総花的運営が続くと赤字は肥大化。それゆえ人員増もできず、今居るスタッフは消耗するだけ。早急に「選択と集中」を施さないと破たんするという。 

 「公立病院に税金を山のようにつぎ込むやり方は今後、難しいでしょう。今の形でどう頑張っても黒字化は無理。それなら、赤字の縮小を考えるべきです」 

 横で聞いていた川添昇管理部長(60)も言った。 

 「この際、医療Cは一番の重荷である救急を、ヘリ搬送対応ぐらいに整理すべきでは。うちのような体制でないと救急は難しいと思います。診療対象を、民間ではできないような高度医療に特化すれば、政策医療ということで、多大な税金を投入しても県民は納得してくれるでしょう」 

 医療Cから救急を外せ、とは何と大胆な。そう言い切れる自慢の体制をのぞかせてもらった。 

   
② 医師が危ない 密着、高知医療センター脳外科』(31) 第4部 驚きの「防波堤」 近森病院(7) 帰れる時は帰る! 
2008.04.18高知新聞   
  
「高知医療センター(医療C)の内情は知らないですけど、うちは、べらぼうに忙しくはないですよ」 

 近森病院の脳神経外科、高橋潔部長(51)の口から出た言葉は、高知赤十字病院(日赤)で聞いた言葉と似ていた。 

 最大の理由は救急外来(ER)が守ってくれているからだ。しかも、三人いる救急専従医のうち二人が脳外科の専門医資格を持つ。ERの根岸正敏部長(47)は以前、近森の脳外科科長をしていただけに、脳外科にとっては心強い存在だ。 

 さらに頼もしいのはもう一人の外科医、井原則之医師(34)。群馬大救急部で鍛え、新潟県中越地震でも現地に入って救援活動に従事。災害時の医療救護班「DMAT」の講師資格も持つ実力派。三日間の密着取材で、ERの機動力はある程度分かった。 

 象徴的だったのは二日目、午前十時からの二時間。救急車が六台も来るラッシュ。さらに、ウオークインの急患も続々入り、ERの治療、回復、予備のベッド十台がすべて埋まった。 

 高知市の中心部の救急病院だけに需要も多い。のぼせるような忙しさ。その中には急性硬膜下血腫の患者もいた。医療Cなら脳外科医が呼ばれている場面だが、日赤同様に救急医が奮闘。CT、MRI検査を済ませ、止血剤、降圧剤を入れ、容体が落ち着いたところで脳外科医に引き継いだ。所見も整理しており、後は家族への説明と手術だけだ。 

 これなら、脳外科に限らず大助かりだ。うらやましい環境。だが、聞いてみると、この体制になったのは昨年六月。まだ日が浅い。 

 近森の医師は群馬大系の人材が多い。根岸部長も近森と群馬大を二度往復。平成五年、近森で脳外科科長だったところを群馬大に呼び戻され、大学病院の救急部立ち上げに参加。そこから救急医の道を歩み始めた。三度目の近森勤務となったのは十七年四月。医局を離れ、高知に永住するつもりでやって来た。 

 「院長から、救急を統括してほしいと誘われたんです」 

 それから二年間、ERで孤軍奮闘。十九年、井原医師と、脳外科医の竹内敦子医師が群馬大の医局を離れ近森のERに合流。戦力アップした。 

 「二年間は学会にも行けず、夏休みも取れずでした。このまま、一生独りでやるのかなと思ったことも」と振り返る。 

 群馬時代は当直を月に十五回したこともある。井原医師は十三回。修羅場を知るだけに仕事も早いし、帰宅も早かった。 

 この日、両医師が病院を出たのは午後九時。竹内医師は院内旅行で不在。脳外科も午後に二つの手術をし、四人とも九時までに帰った。その翌日はさらに早く、脳外科、ERとも午後七時半には全員が消えていた。 

 「帰れる時は帰らないと。メリハリがないとやっていけません」と根岸部長。彼の帰宅を見送った後、医療Cに電話を入れると、脳外科はまだ四人の医師が働いていた。これも日赤取材の時と同じだ。 

 だが、ここで一つ、日赤と異なる問題がある。ERの救急医が帰宅した後、夜間の救急対応はどうするのか。ここにまた、近森が培ってきた独自のシステムがあった。