金沢医科大学小田島理事長 ・・・金沢医科大学氷見市民病院の挑戦は、全国から注目されています。中でも、金沢大学、富山大学と金沢医科大学の三者が協議会をつくり、地域医療の確保と医師のキャリア・アップを共通の課題として取り組む体制は、従来にはない試みです。・・・


『金沢医科大学小田島理事長 ・・・金沢医科大学氷見市民病院の挑戦は、全国から注目されています。中でも、金沢大学、富山大学と金沢医科大学の三者が協議会をつくり、地域医療の確保と医師のキャリア・アップを共通の課題として取り組む体制は、従来にはない試みです。・・・金沢大学、富山大学と金沢医科大学の三者が協議会をつくり、地域医療の確保と医師のキャリア・アップを共通の課題として取り組む体制は、従来にはない試みです。』 

金沢医科大学氷見市民病院、あすスタート 市民の「安心」支える、新しい地域医療に挑戦 
2008.03.31北国新聞  
 氷見市の氷見市民病院が四月一日、金沢医科大学を指定管理者とする「金沢医科大学氷見市民病院」として、再生のスタートを切る。医師不足や診療報酬改定など医療を取り巻く環境が厳しさを増す中、自治体病院の多くが経営難に苦しんでいる。氷見市と金沢医科大学の取り組みは、市民の「安心」を支える、新たな地域医療への挑戦である。 

【座談会】 

●氷見市長、堂故茂氏 

●金沢医科大学理事長、小田島粛夫氏 

●金沢医科大学副理事長、金沢医科大学氷見市民病院最高経営責任者(CEO)、竹越襄氏 

●金沢医科大学氷見市民病院病院長、高島茂樹氏 

●〔大学間の協力を得て〕 3大学連携、全国が注目 

 <総務省は昨年十二月、「公立病院改革ガイドライン」を示した。公立病院の経営悪化が自治体財政を揺るがしかねないとの危機感からで、「経営の効率化」「再編・ネットワーク化」「経営形態の見直し」の三項目を示し、事例として指定管理者制度の導入も挙げている。氷見市民病院の公設民営化は、そうした流れの先駆けと言える> 

 小田島理事長 金沢医科大学氷見市民病院の挑戦は、全国から注目されています。中でも、金沢大学、富山大学と金沢医科大学の三者が協議会をつくり、地域医療の確保と医師のキャリア・アップを共通の課題として取り組む体制は、従来にはない試みです。 

 自治体病院の経営悪化の要因の一つは、医師を呼ぶ、あるいは医師をつなぎ止めるために、高額の医療機器を導入するということもあると思われます。しかし、一つの病院が必要な機器をすべてそろえる必要はありません。診療や治療に必要な、高額の医療機器は三大学の機器を使えば、自分で購入する必要はありません。氷見市民病院を中心にした三大学の連携・協力によって、そうしたシステムを構築できれば、まさしく全国のモデルケースになると考えています。 

 竹越副理事長 経営難で崩壊する自治体病院が、自治体そのものを崩壊させるという話もありますから、まさに大変な時代です。そうした中で堂故市長が全国に先駆けて下した決断は、非常に素晴らしいものだと思います。 

 公設民営化によって、氷見市民病院には金沢医科大学という看板がつきますから、教育病院としての役割も避けては通れません。医師は医療職から教育職になり、教授、准教授、講師などの肩書もつきます。医学部の学生や臨床研修の指導、看護学生の実習などの役割があり、教育病院としても力を発揮していきたいと考えています。氷見市の皆さんの理解と協力を得ていきたいと思っています。 

 高島病院長 全国注視の中でのスタートですから責任は重大です。病院の機能としては、いわゆるチーム医療を推進したいと考えています。これまでは患者さんがいて、そこに医師と看護師がいるという三者で医療が行われてきたわけですが、それに加えて薬剤師や栄養士、あるいは機能訓練士などによるチーム医療を構築していくことが、大きな目標の一つになります。 

 もう一つは、地域の病院や診療所との連携を密にして、可能な限り、地域完結型の医療を目指したいと考えています。氷見市民病院を中核にして、地域で完結できる医療を提供することが目標です。 

 堂故市長 当初から期待していたことは、これだけ厳しい病院改革をするからには、単に現在の病院を存続するのではなく、金沢医科大学に来てもらうことで新たな飛躍をしたいということです。従来の医療より充実した医療を提供できる改革にしたい。そのことを金沢医科大学にもお願いしてきました。 

 指定管理者の公募ではほかに応募がなかったわけですが、金沢医科大学に引き受けていただいて安心しています。金沢医科大学病院には氷見をはじめ富山県内からも多くの患者が行っていますし、市民も比較的なじみがあると思います。もちろん、経営はお任せしますが、公設ですから市の責任も引き続き重いものがあることは言うまでもありません。 

●患者中心の医療を提供 

 <金沢医科大学氷見市民病院は、現在の二十診療科の継続を基本に、土曜診療、三百六十五日二十四時間救急医療を提供する。平成二十二年度には市と金沢医科大学による新病院も開院する予定で、市民の生活に密着した魅力ある病院づくりを目指す> 

 堂故市長 小田島理事長をはじめ、新しい氷見市民病院の運営に当たっていただく竹越副理事長や高島病院長、さらには大学の教職員の地域医療に対する熱い思いに接し、あらためて金沢医科大学は最良のパートナーであることを確信しています。 

 今後は指定管理者である金沢医科大学と氷見市が力を合わせて、地域住民の要望をしっかりと受け止め、それにこたえる医療体制を築いていかなければなりません。同時に、安全で魅力ある新病院の建設を進めていきたいと考えています。 

 小田島理事長 医師不足が深刻化する中、中央では医師の数を増やそうという動きがありますが、一人前の医師が育つのは十年、二十年先です。今の状況が二十年も続くと、地域医療だけでなく、日本の医療そのものが崩壊するとの危機感を持つ人もいます。 

 その意味で、金沢医科大学氷見市民病院の挑戦はモデルケースであり、同様の形態を取ってもいいのではないかと考えているところもあります。我々に与えられた責任は大きく、金沢医科大学氷見市民病院の取り組みは失敗が許されません。金沢医科大学は、それくらいの覚悟でいますので、ぜひとも、市民の皆さまの協力をお願いしたいと思っています。 

 竹越副理事長 指定管理者に決まって以来、氷見市民病院の中に開設準備室を設け、円滑な移行に向けて努力を重ねてきました。ただ、医師の確保については引き続き、努力していかなければなりません。地域住民に質の高い最良の医療を提供するため、四月以降も医師の確保に継続して取り組んでいきます。 

 金沢医科大学氷見市民病院は、氷見の地域医療を守ることが第一義ですが、金沢医科大学と氷見市が手を携えて、新しい地域医療のパイオニアになりたい。そのための努力は、これからも惜しまない覚悟です。 

 高島病院長 今日の厳しい状況の中で、いかに工面をして質の高い、理想に近い医療を提供していく体制を整えるかが、診療責任者である私の使命であると考えています。 

 現在の氷見市民病院をベースに、大学病院の機能を持った新しい病院をつくることが当面の目標です。例えば、金沢医科大学の教授が何日か氷見に来て患者を診るという交流が生まれれば、大学病院と同じレベルの病院ができることになります。氷見の市民には、新しく生まれる金沢医科大学氷見市民病院とともに、内灘の金沢医科大学病院も自分たちの病院だと思ってもらえればと思っています。 

 小田島理事長 これからは従来の大学間の垣根も、次第になくなっていく時代がくるのではないでしょうか。医療界にとっても非常に大きな改革の時期に来ています。氷見市と金沢医科大学の取り組みに、金沢大学、富山大学のご協力をいただくこの新しい挑戦を、その第一歩にしたいと願っています。 

●〔略歴〕 

 堂故茂氏(どうこ・しげる) 1952(昭和27)年生まれ。氷見市出身。慶応大学経済学部卒。民間会社勤務、衆院議員秘書を経て、91年に富山県議に初当選。2期目途中の98年3月に氷見市長選に立候補し当選。2006年に3選を果たした。 

 小田島粛夫氏(おだしま・しずお) 1931(昭和6)年生まれ。岩手県出身。金沢大学医学部卒。同大助教授、トロント小児病院研究所客員研究員を経て、74年に金沢医科大学教授。同大副学長、学長などを歴任し、99年7月から金沢医科大学理事長。 

 竹越襄氏(たけこし・のぼる) 1938(昭和13)年生まれ。東京都出身。金沢大学医学部卒。同大附属病院助手などを経て、73年に金沢医科大学講師となり、助教授、教授を務める。98年に同大病院長、99年に学長。2004年9月から副理事長。 

 2008年4月から金沢医科大学氷見市民病院最高経営責任者(CEO)。 

 高島茂樹氏(たかしま・しげき) 1942(昭和17)年生まれ。富山市出身。金沢大学医学部卒。同大附属病院講師などを務め、84年に金沢医科大学一般・消化器外科学助教授、92年教授に就任。同大病院副院長を経て、2005年4月から病院長。 

 2008年4月から金沢医科大学氷見市民病院病院長。 

■〔金沢医科大学の歩み〕 

1972(昭和47)年 6月 金沢医科大学が開学 

1973(昭和48)年 4月 金沢医科大学附属看護学校が開校 

1974(昭和49)年 9月 金沢医科大学病院が開院 

1975(昭和50)年 3月 腎移植第1号実施 

1982(昭和57)年 4月 大学院医学研究科を設置 

            5月 循環器データ解析センターを開設 

1983(昭和58)年 4月 熱帯医学研究所、人類遺伝学研究所を開設 

1987(昭和62)年 2月 金沢医科大学病院別館オープン 

1988(昭和63)年 4月 金沢医科大学附属看護専門学校に昇格 

1989(平成 元)年 4月 総合医学研究所を開設(熱帯医学研究所、人類遺伝学研究所、共同研究室を統合) 

1994(平成 6)年 3月 特定機能病院に承認 

1996(平成 8)年 4月 金沢医科大学統合情報ネットワークが運用開始 

1998(平成10)年 4月 ハイテクリサーチセンター開設 

1999(平成11)年 4月 生体肝移植第1号を実施 

2000(平成12)年10月 電子カルテシステム完全稼動 

2003(平成15)年 4月 大学院医学研究科生命医科学専攻を開設 

            8月 病院新館が竣工 

2004(平成16)年 4月 医学部講座組織を改組、臨床研修センターを設置 

2005(平成17)年 3月 21世紀集学的医療センターを設置 

            4月 医学教育センターを設置 

2006(平成18)年 4月 セカンドオピニオン外来を開設 

           12月 病院第2新館開設 

2007(平成19)年 4月 看護学部看護学科を設置 

2008(平成20)年 4月 金沢医科大学氷見市民病院が開院