読売新聞 夕張取材班の中心人物であった 酒井真理子さん等 の 571日の取材の記録・新刊 『 限界自治夕張検証』を推薦いたします・・・


『読売新聞 夕張取材班の中心人物であった 酒井真理子さん等 の 571日の取材の記録・新刊 『 限界自治夕張検証』を推薦いたします・・・同記者の「人物語」は2年前感動新聞記事の全国TOP になりました・・心優しい記事は多くの夕張報道の中で群を抜いていました。私と同記者との付き合いは2006年8月から500日続きました。 
夕張医療センターに対して 2008年度国はガイドラインで思い切った 特別交付税を 措置します。命を守るために国は真剣に取り組んでいます。同記者の突撃取材に降参した私は緊張感を持って 報告書の作成が出来ました。早速 『 限界自治夕張検証』を読ませていただきました。多くの自治体行政責任者にとって必読の貴重な記録で夕張に関心もたれる人々に共感を呼ぶものと思います』(長 隆)  



  


新刊 『 限界自治夕張検証』 

読売新聞北海道支社夕張支局 編著 梧桐書院 版 
1,680円(税込) 2008年03月25日 発行  
 以下 猪瀬直樹さん の 帯 推薦文 
「なぜ、夕張が破綻したか。しなやかな指先で、ひとつひとつていねいに封印された事実を剥ぎとり、再建の道筋を見つけようとする姿勢から教えられることが多い。自分の町が危ないと不安になっている人、救いたいと思っている人、必読です。」 
  
  
読売新聞 2006年1月28日  

酒井真理子記者署名記事・・「人物語」夕張市立総合病院 村上医師の篤い思いの記事は全国版なので1000万人の読者に共感を呼んだものと思います 

 [人物語]健康は破綻させない 「行く、夕張へ」 医師の即断 


2007.01.28 東京朝刊  

 人ひとヒト物語 

村上智彦(ともひこ)さん 

 北海道夕張市立総合病院の講堂で、村上智彦(ともひこ)さん(45)が熱っぽく語り始めた。 

 「医療機関は病気のプロだが健康のプロではない。市民自身が健康への意識を高めることが大切です」 

 財政が破綻(はたん)した夕張市にわざわざ来てくれる先生とはどんな人なのか。講堂を埋め尽くした市民の視線が、村上さんに注がれた。 

 かつては10人を超えた時期もあった同病院の常勤医は、わずか2人に減っていた。そこに村上さんが加わったのは先月25日。講演は「市民や職員に自分の考え方を知っておいてもらいたい」と、着任の半月前に開かれた。 

 約45億円の負債を抱える同病院は、市が財政再建団体になる新年度から、民間に運営を委ねる「公設民営」の医療機関になる。しかし、市から委託費などの資金は一切出ない。 

 この割に合わない仕事を、村上さんは引き受けようとしている。先月初め、自分を代表とする医療法人の設立を道に申請した。 

 「病院があれば、この先も夕張に住める。本当に安心しました」。講演を聞いた77歳の女性は、笑顔で病院を後にした。 

 夕張から北に約200キロの旧歌登(うたのぼり)町(現枝幸(えさし)町)の出身。薬科大を卒業し、道内の病院で薬剤師として勤務した。 

 そこでは経営最優先の医療が行われていた。患者に少しでも多くお金を払わせようと、薬の量を増やし、必要とは思えない検査を受けさせる。何度か病院に改善を提案したが、その都度、却下された。 

 自分自身が医師にならなければ、正しい医療は実現できない。そう考え、病院を辞めて医大を受験したのが27歳の時。32歳で医師になり、5年間、離島やへき地を巡って経験を積んだ。 

 生まれ故郷に医師としての原点がある。 

 北海道は医師が足りない。村上さん自身、歌登町に産婦人科医がいなかったため病院ではなく自宅で生まれた。そんな古里にふさわしい医療は何かを突き詰めた結果、病気にならないための工夫をする予防医療の考え方に行き着いた。 

 39歳で赴任した道内の旧瀬棚(せたな)町(現せたな町)での取り組みで、村上さんは脚光を浴びる。 

 町唯一の診療所の所長として、肺炎球菌ワクチンを接種する際の公費補助を全国で初めて導入。保健師と一緒に町内を回り、予防医療の大切さを説く「健康講話」などの活動も進めた。 

 これにより、同町の1人当たりの老人医療費を大幅に減らした。その試みは「瀬棚方式」と呼ばれ、追随する自治体も相次いだが、一昨年秋に同町が他の2町と合併したのを機に、新潟県湯沢町の保健医療センターに移った。 

 夕張市立総合病院の経営状態を診断した知り合いの医療経営アドバイザー(長  隆氏)から、夕張への赴任を打診されたのは昨年秋のことだ。 

 「行く」と即答した。 

 夕張市は高齢化率(人口に占める65歳以上の割合)が41%と、全国の市で最も高い。「それだけに、やりがいがある」と村上さんは語る。「夕張は、高齢化が進む日本の未来像。ここで成功すれば新たな医療のモデルになるからです」 

 今は171床の総合病院を、19床の診療所と40床の老人保健施設にし、往診による在宅医療を組み合わせようと考えている。空いた場所には託児所や娯楽施設を作り、まちおこしの拠点にする……。構想は膨らむばかりだ。 

 夢を持って運営したいと、医療法人の名は「夕張希望の杜(もり)」にして申請した。 


 妻と3人の子供は札幌市に住む。自分は一人暮らしを続ける覚悟だ。 

 毎朝、8時前には病院に姿を見せる。日々の診療のほかに医療法人の設立準備にも追われ、帰宅が深夜になる日も少なくない。 

 大みそかも宿直勤務をこなし、カップ麺の年越しそばを食べて、病院で新年を迎えた。そして地元の夕張神社に足を運び、「いいスタートを切れますように」と願を掛けた。 

 医師法の第1条にこう書かれている。〈医師は、医療及び保健指導を掌(つかさど)ることによって公衆衛生の向上及び増進に寄与し、もって国民の健康な生活を確保するものとする〉 

 日ごろから、この条文をよく口にする。「医師として当たり前のことを、普通に進めていきたい」。思いは一貫している。(酒井麻里子) 


 高度な医療が必要な患者は1000人に1人。地方に必要なのは、何でも診られる総合医です」。医療についての持論を語る時、村上さんの口調は熱を帯びる 

  
夕張市立総合病院。村上さんが着任したのは、昨年のクリスマスの日だった。 

(酒井麻里子記者)