高知PFI 汚職報道 高知医療センター事件の深淵・・株式会社が営利を目的として病院経営に参画することが医療法に違反する事を承知の上堂々と踏み込んだ・・・


『高知PFI, 汚職報道, 高知医療センター事件の深淵・・株式会社が営利を目的として病院経営に参画することが医療法に違反する事を承知の上堂々と踏み込んだ・・・ オリックスがPFIに興味を持ったのは、規制を緩和し、自由競争にすれば一番もうかる分野が金融と農業、医療だから。ここを目指し、実験としてPFIに入り始めた。
「経営企画協議会」の条項がある。病院経営に参画できる根拠をより明確に規定しておきたい、というオリックス側の主張で盛り込まれた。 
(公務員の)事務局長なんかいらん。財務担当だろうが、議会対策だろうが、全部ピーエフアイに任せたらええ・・瀬戸山容疑者の過去の発言 
  この報道を見る限り 高知PFI・SPCは医療法に違反しているが 病院経営に責任がある。 

病院経営のコアー部分に参画しているようである。 これでは医療法に違反して営利企業が堂々と経営に介入していることになる。従って破綻の責任もある。 
これに反し近江八幡は経営に関心ないとSPCが断言しているので医療法には違反していない。』 


(以下高知新聞 PFI 汚職報道 ) 

2007年10月9日朝刊 

「全部、民に任せろ」 

 「便宜って、何ぞ…」 

 県警が内偵中に接触した何人もの関係者が声を潜めていぶかっていた。 

通常の汚職事件とは何か違っていた。例えば公務員が絡む建設工事の受注をめぐる汚職事件の場合、「指名業者に入りたい」「落札したい」という部分で、贈賄側の動機は成り立つ。工事を取れるか、取れないか。この「一点」に、贈賄側の犯意も、収賄側の便宜供与も収れんされる。 

 ところが、高知医療センターの汚職事件の発端は、建設工事を請け負う民間事業者が決まり、現場で工事に入って相当時間がたってからのこと。前院長の瀬戸山元一被告と贈賄側の二人が現場で付き合い始めてからの「線」上で事件の芽が育っていた。 

  「瀬戸山はこれからも院長としてずっといる人と思ってましたから…」 

 逮捕前、贈賄側の松田卓穂被告はうめくように語った。オリックスグループから派遣された工事担当職員として、長く、うまく付き合わざるを得ない対象として前院長をみていたニュアンスが交じっていた。 

 ■「実験しにきた」 

 瀬戸山被告の便宜によって、利益を得たのは誰か、どの組織か。強制捜査後もあいまいにされてきた部分について、三人を起訴した七日、高知地検の検事は「SPC(高知医療ピーエフアイ)、ということになるでしょう」と言った。 

 同社は代表企業のオリックスをはじめとする異業種十一社で構成され、各構成企業は出資者であり、株主でもある。 

 ピーエフアイ社には平成四十三年度まで毎年、県・高知市病院企業団から六十億―八十億円の金が入る。この中には各社への配当金やマネジメント料も含まれるが、構成企業はこうした収入を主目的にPFI事業に参加したのではない。 

 各構成企業はピーエフアイ社の一員でありながら、そのピーエフアイ社が発注する仕事の「受注者」として仕事と利潤を得ている。例えば、構成企業の「日本医療事務センター」は診療報酬業務を一手に仕切る。「竹中工務店」は本館工事を受注した。 

 もちろん、オリックスグループも受注者として顔を出している。企業団によると、病院の保守管理を担うのは「オリックス・ファシリティーズ」。「オリックス信託銀行」はピーエフアイ社に約百四十億円を貸し付けており、十三年間でざっと五十億円の利息を含め企業団が負担する仕組みだ。 

 構成企業の頂点に立つオリックスは、これらの発注を総合的に仕切る。同グループを通さなければ病院運営に必要なサービスは調達できない。この役割は事件の構図にさえ垣間見られた。松田被告が物品提供の資金を工面するようゼネコン側に依頼できたのも、“仕切り役の力”と言えた。 

 「オリックスがPFIに興味を持ったのは、規制を緩和し、自由競争にすれば一番もうかる分野が金融と農業、医療だから。ここを目指し、実験としてPFIに入り始めた」(病院統合に携わった在京の専門家) 

 平成十四年。高知医療センターを経営する県市企業団は、ピーエフアイ社と事業契約を交わした。契約書には、双方が参加する「経営企画協議会」の条項がある。当初の契約書案にはなかったが、病院経営に参画できる根拠をより明確に規定しておきたい、というオリックス側の主張で盛り込まれたという。 

  「官民協働」のふれこみで導入されたPFI事業。だが、その提唱者だった瀬戸山被告は同センターの経営について、こう語っている。 

  「(公務員の)事務局長なんかいらん。財務担当だろうが、議会対策だろうが、全部ピーエフアイに任せたらええと思ってた」