阪南市長は2007年2月14日から2008年1月4日まで300日以上 医師派遣先の和歌山大学医学部長と会っていなかった!2008年4月以降小児科、歯科口腔(こうくう)外科など3診療科の外来だけで運営を継続する方針を固めた・・

『阪南市長は2007年2月14日から2008年1月4日まで300日以上 医師派遣先の和歌山大学医学部長と会っていなかった!2008年4月以降小児科、歯科口腔(こうくう)外科など3診療科の外来だけで運営を継続する方針を固めた・・病院廃止、診療所になる・・病院再開の方針は?しかし泉州地区の公立病院はほとんど立派に経営しているので不測の事態はおきないであろう。なにしろ2000床の病床過剰地域である』 

阪南市立病院
【問われる地域医療 阪南市立病院存続問題】「引き揚げではない、理解を」 
2008.02.15産経新聞   
 ◆派遣断念の和歌山県立医大学長 

 阪南市立病院が医師の一斉退職で4月から入院受け入れを全面休止する問題で、長年にわたって同病院に医師を派遣し続けてきた和歌山県立医科大学の南條輝志男学長が産経新聞社のインタビューに応じ、医師派遣を断念するまでの経緯などについて語った。

 --医師たちは病院でどんな状況にあったのか 

 南條学長 平成18年3月、19年3月に1人ずつ内科医が抜け、残った5人に相当な加重がかかった。疲弊していたところへ、2人が家庭の理由などから辞めなければならなくなった。3人では阪南市立病院を支えるのは到底無理だった。引き抜きなどで大阪の他の病院に流れてしまう恐れもあった。全国的に内科医が不足しており、和歌山も一昨年の4月に350床規模の公立病院で内科医ゼロの状態に陥るほど(何カ所かゼロになっている)で3人を失うのならば、和歌山の病院に戻って働いてほしいと思った。“引き揚げ”ではないことを理解してほしい。 

 --結果として阪南市立病院は存続の危機にある 

 南條学長 病院に魅力があるとかないとかで医師の派遣を決めるわけではない。私自身も大学紛争で医師不足だった70年代、この病院で2年半、病院活性化に尽力したという自負がある。もちろん、個人的感情だけではない。和歌山医大の3分の1の学生は大阪出身で、泉南地区から来る学生も多いので、ぜひ病院をなんとかしたいという思いだ。 

 --存続のために何か対策を 

 南條学長 先の公立病院は内科医ゼロという阪南市立病院と同じ状況に陥った。しかし外部医師の外来応援で3カ月つなぎ、立ち直っている。同病院も“つなぐ”ことができれば-との思いで個人的なツテを頼り、関東や府下の知り合いの内科医を見学に招いたり努力してきたつもり。しかし皆、マスコミ報道などで二の足を踏んでしまう。私としては努力こそすれ、切り捨てようなどと思ったことはない。 

 --再派遣の可能性は 

 南條学長 病院と大学の努力だけではどうにもならない部分がある。行政にも何らかの手は打ってもらいたい。補充はぜひしたいという気持ちはある。現在は“補充がなくなった”だけで決して引き揚げではない。教授たちからも「引き揚げなら、自分のところの医師も帰していいか」と言われたが、何とか説得して今の状態を維持してきた。 

 --病院事業開設責任者である岩室敏和市長は、話し合いのために和歌山医大に頻繁に来ましたか 

 南條学長 昨年2月14日から今年1月4日まで市長とはお会いできなかった。 

 --阪南市の対応は十分だったか 

 南條学長 平成16年ごろから、「このままじゃ危ないですよ」と言ってはいた。しかし、実際には市として医師の確保はできなかった。学長就任後も「(労働条件などが悪かったので)今いる医師を大切にしてほしい。うちからの新たな補充はもう無理ですよ」と再三申し上げてきた。院長や副市長はじめ幹部たちとは「このまま病院を閉院したら大変なことになるよ」と話をし、昨年末からは毎日のように連絡を取り合ってきた。副市長(市長が2月6日に解職)も頑張っていたのに辞められたのは惜しい。 

 (阪南市立病院問題取材班) 


小児科など3外来継続 阪南市立病院 
要望うけ、市長きょう表明 
 阪南市は、医師の大量退職に伴い、入院患者の受け入れを休止する同市立病院について、4月以降も小児科、歯科口腔(こうくう)外科など3診療科の外来だけで運営を継続する方針を固めた。すでに閉鎖している内科のほか、耳鼻咽喉(いんこう)科、婦人科など7診療科を新たに閉鎖する。2008年2月15日の市議会特別委員会で、岩室敏和市長が表明する。 

 同病院は、和歌山県立医大(和歌山市)から派遣された医師9人が退職して昨年7月に内科を閉鎖。さらに来月医師7人が退職予定で、市は4月から入院の受け入れを休止する方針を決めていた。 

 同病院事業会計の今年度決算は約11億円の赤字に上る見通し。入院を休止すれば赤字が増えることから病院の存廃も検討されていた。存続を求める市民の声は切実で、岩室市長は来年度の市政運営方針に病院の運営継続を盛り込むことを決めた。 

(2008年2月15日  読売新聞)