100年近い歴史の社会福祉法人恩賜財団済生会で2008年3月14日 "地域医療のあり方と公的病院の役割"というテーマで講演させていただきます。

 

『100年近い歴史の社会福祉法人恩賜財団済生会で2008年3月14日 ”地域医療のあり方と公的病院の役割」というテーマで講演させていただきます。私事ですが,奇しくも67歳の誕生日にお招きいただきました。光栄であり 明治天皇陛下の100年前のお言葉・・国民の中に、生活に困窮して医療を求めることもできず、天寿を全うできないものがあるとすれば、それは私が最も心を痛めるところである。これらの人たちに薬を与え、医療を施して生命を救う──済生の道を広めたいと思う・・・お言葉を深く受け止めさせていただきお話させていただく所存です。 
於いて・・恩賜財団済生会 関東ブロック会議』(長 隆) 


(済生会のあゆみ) 
明 治 44年2月11日 
(1911年) 明治天皇「済生勅語」とお手元金150万円ご下賜 
44年5月30日 恩賜財団済生会設立認可(創立記念日) 
44年8月21日 初代総裁に伏見宮貞愛親王殿下 
初代会長に桂太郎総理大臣 ・・以下略 


(済生勅語) 
朕惟フニ世局ノ大勢ニ随ヒ國運ノ伸張ヲ要スルコト方ニ急ニシテ 經濟ノ状況漸ニ革マリ人心動モスレハ其ノ歸向ヲ謬ラムトス政ヲ為ス者宜ク深ク此ニ鑒ミ倍々憂勤シテ業ヲ勸メ敎ヲ敦クシ以テ健全ノ發達ヲ遂ケシムヘシ若夫レ無告ノ窮民ニシテ醫藥給セス天壽ヲ終フルコト能ハサルハ朕カ最軫念シテ措カサル所ナリ乃チ施藥救療以テ濟生ノ道ヲ弘メムトス茲ニ内帑ノ金ヲ出タシ其ノ資ニ充テシム卿克ク朕カ意ヲ體シ宜キニ随ヒ之ヲ措置シ永ク衆庶ヲシテ頼ル所アラシメムコトヲ期セヨ 

(済生勅語の大意・・口語体) 
私が思うには、世界の大勢に応じて国運の発展を急ぐのはよいが、我が国の経済の状況は大きく変化し、そのため、国民の中には方向をあやまるものもある。 
 政治にあずかるものは人心の動揺を十分考慮して対策を講じ、国民生活の健全な発達を遂げさせるべきであろう。 
 また、もし国民の中に、生活に困窮して医療を求めることもできず、天寿を全うできないものがあるとすれば、それは私が最も心を痛めるところである。これらの人たちに薬を与え、医療を施して生命を救う──済生の道を広めたいと思う。 
 その資金として、ここに手元金を提供するが、総理大臣は私の意をくみとって措置し、永くこれを国民が活用できるよう希望するものである。 

(社会福祉法人済生会のは「恩賜財団」と一行に書かずに二行に分けた組み文字にします ) 
その訳は? 
 明治44年、明治天皇からご下賜金を賜り、思し召しに沿った事業を行うために法人を設立することになりました。その法人名として「恩賜財団済生会」と一行に書いた名称を申請したところ、天皇は国民と一緒になって"済生事業"を行うのだから皇室だけが先行しているような印象を与える「恩賜財団」は適当でないとおっしゃられお許しが出ませんでした。そこで「恩賜財団」を二行に分けた組み文字とすることでやっとお許しを頂いたといういきさつがあります。ちなみに「済生」とは「生命を救うこと」(広辞苑)です