全国自治体病院協議会 小山田慧会長の夕張訪問記を読んで・・感動し涙しました(長 隆)

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『全国自治体病院協議会 小山田慧会長の夕張訪問記を読んで・・感動し涙しました』(長 隆) 

小山田先生の後輩医師を気づかう心底からの思いやりと優しさに 全国の自治体病院関係者だけでなく 多くの国民が共感してくれるでしょう。 
医師不足解消に 不足地域に赴かずご高説を垂れ流している官僚と政治家・学者先生に 自治体病院に当直して つめの垢でも煎じてもらいたい! 

(参考情報) 
夕張村上医師 報道なぜ続く? 長隆 
村上医師の夕張赴任には全国自治体病院協議会 会長小山田 慧先生が 強力な指導力を発揮してくださった。 
村上医師の勤務先である 地域医療振興協会の 吉新理事長に強く要請して 新潟の魚沼に勤務していたのにあえて退職していただき割愛していただいたのである。 
改めて、吉新理事長の配慮に深甚なる敬意を評します。 

赴任に際し小山田会長から 「絶対、一人ぼっちにしないこと・過酷勤務をさせないこと」を厳命されました。 

多くの人のご協力でお約束を果たせていただける見込みが出来ましたが 日本全体では医師不足が深刻さを増す一方であることをマスコミも重要と受け止め 村上医師報道が国益に合うと 考えているということであろう 


以下 訪問記最後の文章です) 

功を急がず、暗夜に点った一灯を消さないように大切に守り育ててほしいと話した。前夜、彼は私の泊まった札幌のホテルに来て地域医療についてのビジョンと理想達成への人生計画を熱っぽく語ってくれたが、私の息子と同年齢の医師の背にかかる荷の重さを思うと胸が痛かった。帰路の途中、ずっとそのことを考え続けていた(19.2.22記)。 
                                                    

夕張訪問報告「夕張にて」
小山田 慧 

 今年2月、私は初めて北海道夕張市に行った。札幌から車で1時間半、雪が降ると2時間半かかる。地吹雪だと前が見えず動けないという。幸い今年は暖冬で雪が少なく、道の両側には雪の壁が続いているが、車道には雪が少なく、行き交う車も少ないので予想より早く走れた。高速を降りて30分、夕張の町に入る。かつて炭鉱の町として栄え、炭鉱が閉ざされたあと、町の活性化を目的として観光施設を多く作り、町を美化したので、雪を被った町並みの建物は皆きれいに整っている。それが皮肉なことに町の倒産を招き、病院もそれまで110床をもち10人いた医師も皆去って、今は一ヶ月前に着任した一人の医師が診療に当たっていた。外来待合室には10人ほどの患者が椅子に座っていて、受付も薬局、検査室、売店も開かれていて、倒産とか廃院になったという雰囲気は全くなく、普通の病院の静かな風景であった。夕張市は実質負債500億円を抱えて倒産、この4月から国の財政再建団体に指定され、国の管理下におかれる。市職員は半分に減らされ、給与は30%減、市民は市民税が上がり、水道やバス代も上がる。市民が隣町に続々と移住し、移り先のない老人達が残る。一般病床131床、療養病床40床を持つ市立総合病院も廃院に追い込まれた。10人いた医師が次々と辞めて行った。こんな話を聞いた。医師が二人になった時、これまで人工透析をしていた患者達を隣の民間病院に依頼、毎日車で送迎することにしたら、これでは殺されてしまうとテレビで放映された。また、二人交代で当直した医師が翌朝外来に出たら、一人の患者から“寝ぼけ医者、顔を洗って出てこい。"と言われて、その日病院を去って行ったという。市民の苛立ち、不満が極限へ達しているのを知った。夕張市はこの病院の市営を断念し、公設民営とすることとし受託先を公募したが、公募の条件は診療所19床、老健病床40床、外来は内科、整形外科、リハ科とし、敷地設備は無償とするが、交付金、負担金等の支出は一切しないと言うものであった。果たして受け手が出るかが懸念されたが、43歳の若い医師が名乗り出て、2月26日議会で正式に指定管理者に指名され、市内ホテルで記者会見が行われた。私はその医師の赴任について多少関わりがあった関係から出席したのであるが、会見場には全国のテレビ局が集まり、今後の医療確保についての要望と質問が殺到した。管理者となった医師からはこれまでの経過説明と医療に対する夕張市民への熱い思いと今後の抱負が披露された。夕張の問題は全国の自治体病院に大きな衝撃を与えた。夕張と同様の環境にある病院が全体に多く存在する。今、全国の自治体病院関係者は夕張を見つめている。日本の地域医療を守る原点になってもらいたい。私どもは今後の活動を心から支援し、その成長を温かく見守っていきたい。ただ一人の医師で出来る限度がある。情熱だけでは直ぐだめになる。身の丈にあう医療から取り組んでほしい。このことをマスコミも地域住民の方々も理解してもらいたい。効を急がず、暗夜に点った一灯を消さないように大切に守り育ててほしいと話した。前夜、彼は私の泊まった札幌のホテルに来て地域医療についてのビジョンと理想達成への人生計画を熱っぽく語ってくれたが、私の息子と同年齢の医師の背にかかる荷の重さを思うと胸が痛かった。帰路の途中、ずっとそのことを考え続けていた(19.2.22記)