東京慈恵医科大の 英断を高く評価します。~夕張医療センターに 医師派遣!(長 隆)

東京慈恵医科大の 英断を高く評価します。~夕張医療センターに 医師派遣!(長 隆) 

朝日新聞の報道で 北海道で働きたくないので 東京の病院に勤務する産婦人科医師が紹介されている(朝日新聞) 一方 読売新聞は 東京から 北海道へ赴任する医師の動向を伝えている。 


(報道記事) 

“孤軍奮闘”村上医師に灯 慈恵医大、夕張派遣 6月末まで限定=北海道 
2007.04.12 読売新聞東京夕刊   
 ◆15日に着任予定 

 北海道夕張市の市立診療所「夕張医療センター」に、東京慈恵会医科大が応援の外科医(31)を緊急措置として派遣することがわかった。応援医師は15日にも着任の予定で、新たな医師が赴任する6月末までの期間限定。1人で診療するセンター長の村上智彦医師(46)に支援の手が差し伸べられた。 

 診療所は、医療法人の認可までに時間を要したことから、医師の募集が遅れ、2人の医師の着任は7月までずれ込んでいた。 

 このため、村上医師は1人で日中の約90人の診察と訪問診療を行っているほか、5、6人の入院患者のケアや、夜間救急診療などもあり、連日宿直している。 


  


(ドキュメント医療危機:8)「東京で働きたい」受け入れたが 
2007.04.12 朝日新聞  
  

3月5日(月)東京。強風と雨。 

 夕方、日本医学ジャーナリスト協会の月に1度の例会があった。新聞やテレビのOBが中心になり、87年につくられた会で、医師や企業の人も入っている。「風雲児が語る医療の課題と未来」のタイトルにつられて出席した。 

 講演したのは高木邦格(くにのり)・国際医療福祉大理事長(49)。司会は私の先輩記者の大熊由紀子・同大大学院教授で、「坂本竜馬をはじめ、『風雲児』は末路がよくないと、実は高木さんの大嫌いな言葉だった」とやわらかく切り出した。 

 東京医大卒業の医師。福岡県の高木病院が出発で、19歳から父親の経営を助けている。95年、栃木県大田原市に看護師、リハビリの療法士、技師などを養成する国際医療福祉大を開設した。「戦後、最も成功した新設大学」といわれる。 

 タレントの入院で知られる東京の山王病院、国立熱海病院、東京専売病院などを引き取り、9病院3診療所の大学付属病院グループに発展した。「どれも、ぜひと頼まれた」と、拡大主義ではないことを強調した。 

 特徴ある質の高い病院でなければ生き残れない。高木さんは、実力ある医師を集め、職員を増やした。 

 へえっと思った話がいくつかあった。「地域医療計画はやめた方がいい」と高木さん。地域ごとの必要病床数が決められていて、人口が大きく増えないと病床も増やせない。「父は『この制度のおかげで高木病院は安泰だ』と喜んでいたが、いい意味の競争がなくなる」 

 診療報酬の引き下げで、患者の少ない中小病院はリハビリ廃止に追い込まれ、リハビリ難民が急増中とのこと。 

 北海道の産婦人科医が少人数勤務にほとほと疲れ、「医師の多い東京の病院で働きたい」と希望してきた。「医師がほしいので受け入れた。でも、考えてみると、私たちのせいで北海道の医師がさらに足らなくなる。複雑な思いだ」 

 私は、医療界でいま話題の本「医療崩壊」を連想した。 

 (編集委員・田辺功)