『石巻市 公立深谷病院 再開に向けて着実に開設作業進行!~~埼玉県 所沢市 啓仁会が 石巻ロイヤル病院(指定管理者)として9月1日より~』

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 『石巻市 公立深谷病院 再開に向けて着実に開設作業進行!~~埼玉県 所沢市 啓仁会が 石巻ロイヤル病院(指定管理者)として9月1日より~』 


所沢市で 極めて高い評価を受けている  啓仁会が 将来 社会医療法人を目指して再生に踏み出したことを高く評価します(長 隆) 


(病院名称決定の報道記事) 

名称は石巻ロイヤル病院三陸河北新報 2007.05.08 
旧深谷病院 2科で2007年9月 診療開始 看護師など近く公募/ 
  
  経営難から三月末で閉院した公立深谷病院(石巻市広渕)の経営を四月一日に引き継いだ埼玉県所沢市の医療法人「啓仁会」(角岡東光理事長)は、新病院開設準備室を旧深谷病院内に設置し、九月一日の診療開始に向けた作業に着手した。新病院の名称は「石巻ロイヤル病院」とすることに決めた。診療科は内科、外科の二科でスタートし、病院として認められる最小病床数二十床より多い規模での開院を目指している。近く医療スタッフの募集を始める。 

 新病院開設準備室のスタッフは、内定した病院長と看護部長、事務職員の計五人。七月上旬から県と事前協議を行った後、開設許可を申請する。開院後、五年をめどにした整備計画も県に提出する。 

 啓仁会によると、診療科は現時点で内科、外科の二科で始める方針で、病床数は経営移譲協定書で調印した二十床を上回る規模で準備を進めている。医師は病院長以下三人。看護師や薬剤師、技師など医療スタッフは公募するという。 

 秋元孝則常務理事は「近隣に急性期病院があり、医療圏での役割分担や地域ニーズを踏まえて、新病院の全体像を固めていきたい。整備計画の作成では、許可病床数百七十一床の一部を介護老人保健施設にすることも含めて検討する」と話している。 

 開設準備室は専用電話(73)5888を設けた。 

 啓仁会は、三月下旬に深谷病院企業団構成市の石巻、東松島両市、企業団と経営移譲協定書に調印した。 

 啓仁会 1958年設立。所沢市で所沢ロイヤル病院(332床)と平沢記念病院(177床)、埼玉県川島町で平成の森・川島病院(238床)を運営している。所沢市と川島町、静岡県伊東市に介護老人保健施設(計346床)も持つ。訪問看護・訪問介護ステーション事業にも取り組んでいる 




宮城県 公立深谷病院 指定管理者決定を歓迎したい』(長隆) 

3年間を要したが最終的に指定管理者が決まり石巻・東松島両市の財政危機が回避されることになった。改革の遅れが累損を巨額にしたが一気に膿を出したことは正解である。 
しかし石巻市は 雄勝・石巻2病院の改革にも引き続き汗をかかねばならない。2病院にも積極的に協力させていただく所存です。  



(過去の参考記事) 

改革のきっかけとなった総務省アドバイザー(長隆)の意見                      
 2004年11月13日 石巻かほく新聞 

公設民営化など抜本的改革必要 

公立深谷病院 アドバイザー指摘 

 厳しい経営を余儀なくされている河南町広渕の公立深谷病院(岡山昭彦院長)を、総務省の地方公営企業経営アドバイザーが11日から視察し、12日、管理者の橋浦清元河南町長らに評価を伝えた。アドバイザーは「企業で言えば倒産状態」と指摘、・民間活用策を取り入れた公設民営化・院長に強い権限を持たせる指定管理者制度の導入―を生き残り策として挙げ、早急な抜本的改革を求めた。 

 「基本的には地域病院としての使命は終わったと言わざるを得ない。医師の確保もできない中で(今後の運営には)無理がある。民間委譲も考えるべきであるとアドバイザーの長(osa)氏。 

2町にまたがる経営状況がより複雑さを生み出している。責任の所在が曖昧になる自治体病院の事務組合経営はやめるべき。議決権が2町で対等なためよく言えば譲り合いだが、責任のなすりあいになることが多い。組合議会・と設置団体議会・2町の行政と意見調整が必要で経営にならない。 


                                          
(難航した 指定管理者決定の経緯) 

 2007年4月に民営化する公立深谷病院(宮城県石巻市)が再公募している経営移譲先の応募が2月17日で締め切られる。16日までの応募はわずか1法人。移譲交渉がまた不調に終わった場合は、約29億円の企業債を一括償還しなければならない可能性が大きくなる。病院企業団を構成する石巻、東松島両市は「何とか移譲先が決まってほしい」と気をもんでいる。 

 企業団が抱える債務は約55億円。このうち設備や機器整備のために発行した企業債は28億8000万円に上る。 

 国からの借金である企業債は、そもそも2028年までに償還する計画だった。両市が2007年3月末での企業団解散を決めたのに伴い、企業債の償還が大きな課題に浮上した。 

 一般的に、企業債発行時に国と交わす「借用証書」の特約条項は「借入金で取得した財産について借り入れ目的に反する使用をしてはならない」と規定。さらに、特約条項を守らなかった場合は繰り上げ一括償還を求めると定めている。 

 深谷病院の場合、指定管理者が、従来と同じ法律上の「病院」と位置付けられる20床以上の入院施設を持つことが、一括償還を避けられる最善の策。移譲先が決まらなかったり、20床未満の「診療所」や老人保健施設となったりした場合、特約条項に該当する「目的外使用」とみなされ、一括償還を迫られる可能性が出てくる。 

 3月末には、企業団が金融機関などから短期調達した一時借入金約14億5000万円の支払いがある。両市とも財政調整基金だけでは、企業債償還を賄えないのが現状だ。 

 「ほかの基金を取り崩してでも、かき集めるしかない」と両市の幹部は口をそろえる。ほかの基金を取り崩したとしても、いずれは元に戻さなければならず、財源の不透明さは否めない。 

 国からの融資について定める財政融資資金法は、「公共の利益の増進に寄与すること」としている。石巻市議の一人は「最悪の場合は、両市長が『地元の福祉充実のために』と直接国に掛け合い、分割払いなど負担軽減を訴えるしかない。その前提は、移譲先を何としても見つけることだ」と指摘する。 
 深谷病院の企業債償還について東北財務局は「推移を見守っている段階で、コメントできない」としている 



(成功した指定管理者~評価の高い民間病院に決定~) 

公立深谷病院、後継法人と協定書 2診療科でスタート 
  
協定書に調印し握手する(左から)土井石巻市長、啓仁会の矢吹副理事長、岡山企業長、阿部東松島市長=26日、石巻市の公立深谷病院 
  
2007年3月31日で解散する公立深谷病院(宮城県石巻市)は26日、後継法人に決まった埼玉県所沢市の医療法人啓仁会(角岡東光理事長)と経営移譲の協定書を締結した。 

 病院であった調印式には岡山昭彦企業長(院長)と土井喜美夫石巻市長、阿部秀保東松島市長、啓仁会の矢吹甚吾副理事長が出席。それぞれ協定書に署名した。啓仁会は9月1日の開院を目指している。 

 当面は内科、外科の2診療科を開設し、医師を確保でき次第、整形外科も設ける。病床数は20床でスタートし、4年後をめどに現在の許可病床数171床に増床する予定。 

 岡山企業長は「さまざまな要因から経営継続が困難となり、民営化を決めた。紆余(うよ)曲折があったが、後継法人としてもっともふさわしい啓仁会と合意できたことに感謝している」とあいさつした。 

 矢吹副理事長は「啓仁会は高齢化社会を迎え、医療と福祉の複合施設の運営をしている。縁があって4月にこの病院を引き継ぐことになり、重責を感じているが、一歩一歩全力で取り組んでいく」と述べた。 


◎慢性期患者受け入れたい 啓仁会矢吹副理事長ら一問一答 

 公立深谷病院の経営を引き継ぐ医療法人啓仁会の矢吹甚吾副理事長と秋元孝則常務理事が26日、記者会見し「高齢者に医療と福祉を複合的に提供する施設にしていきたい」などと将来構想を語った。矢吹副理事長らとの一問一答は次の通り。 

 ―経営引き受けを決めた理由は。 
 「最少病床数の20床でスタートでき、取り組みやすいと判断した。この地域でも高齢者のニーズは多く、これまで高齢者中心の事業を展開してきた強みを生かせると判断した」 

 ―どんな病院を目指すか。 
 「近くに急性期を担う病院があり、『病病連携』を図った上で、主に救急治療が終わった後の慢性期の患者さんを受け入れたい。一部を介護老人保健施設にすることも検討する。開院時までに、今後5年間の整備計画を策定する」 

 ―深谷病院は計13の診療科を開設していた。新病院の方針は。 
 「まずは内科と外科で開院する。ほかの診療科については、近隣の医療機関との連携や深谷病院が果たした役割、住民のニーズを把握して判断したい。病床数はどこまで必要となるのか検討した上で、171床を目指して順次拡大していく」  

2007年03月27日火曜日 河北新報