神戸大学 中核病院構想の理想は評価・・しかし実現は困難・・医師不足 解消と 公立病院改革


『神戸大学 中核病院構想の理想は評価・・しかし実現は困難・・医師不足解消と 公立病院改革』(長 隆) 


(理由) 

ガイドラインの 公立病院改革の最大のポイントは 「基本的な考え方・・・公立病院の果たすべき役割の明確化で・・研修の実施等を含む広域的な医師派遣の拠点としての機能・・」と答申の冒頭に示した点にあることに注目して欲しい。 
更に財政支援措置として新たな医療機能の整備に要する経費が 年内の予算編成に盛り込まれることは確実であるので  公立病院は 年内にも 研修医師確保策を策定し 予算編成する必要がある。経営健全化プランも前倒しで 年内から始める必要がある。 

改革プランの柱となる研修実施は 病院全体で取り組むべき 重い課題である。 財政措置を受けられ 研修医に魅力ある 経営形態に出来るかが問われる。 


 今回の 公立病院改革は 医師不足の 20年度からの抜本的解決を目指す総務省の硬い決意の表明と言ってよいと思う。 
医師不足の速やかな解消は 国家的緊急の課題であり地方分権の流れに逆らっているのではないかと言う批判も受けてたつ覚悟でしょう。 

平成14年度から19年度の第5次経営健全化措置は 都道府県を 対象団体から除外し しかも任意とした 総務省の政策は 都道府県を甘やかした結果公立病院の中で最も経営を悪化させたと言わざるを得ない。 
 各県は巨額な税金投入してきたにも 拘わらず 県立病院が豪華建築ではあっても県のセンター病院として医師派遣の役割を まったく担うことが出来ない惨状とさせてしまった。 
国民に説明の付かない 100億を超える 各県の 税金投入を 医師確保に 重点的に 振り替えてていただくための 技術的手法をガイドラインは示した。 
数値目標による 財務経営改善は 主要目標達成のための付随テーマである事に留意すべきである。 


ガイドラインの提出にあたり 座長として 財政局長に 特に 都道府県に注意喚起を 書面(下記)で求めた所以である。 

ほとんどの県が市町村病院を指導できないひどい経営情況であるが鹿児島県立病院 は 県でもやれば出来ることを示してくれた。 病床利用率・医業収支比率など 合格点である。 
労働組合との協議内容公開、特殊勤務手当て全廃などに鹿児島県立5病院が一致結束して 大改革に取り組んだことを高く評価する。 


財政健全化法で数値基準を定め更にこれに併せて 20年度からガイドラインにしたがって 改革を事実上義務化させたのも 挙げて医師不足を解消して 医療の質を高める事にあることを 強調するものである。 
 ガイドラインが財政削減を意図するものでない事は 年末の予算編成で明らかになるでしょう 

再編・ネットワーク・・選択と集中もあくまで 医師不足の解消に目的があり 不適切な税金投入は皆無とし その資金を 集中的に医師不足対策に取り組む 公立病院に充当して 支援を行う事を明らかにしている。新築センター病院などは論外である。 

各地で検討されている 新築センター病院構想は 医師不足を20年度から 直ちに解消できる現実性にかけるので賛成できない。 

19年度からでも 前倒しで 研修医に認められる経営体質に着手する事こそ 優先課題となる。 
研修医が ゼロの公立病院の存在は難しくなる事を 覚悟する必要がある。 



加西病院検討委が初会合 中核病院構想に難色 「地域医療重視を」 
2007.11.17 神戸新聞  

 病院の医師不足や経営難が問題となる中、市立加西病院のあり方を考える初の検討委員会が十六日、加西市役所であった。神戸大学が提案している中核病院構想について「現実味がない」「明日の地域医療を考えるべき」などの意見が目立った。(佐藤由里) 


 同委員会は長隆・総務省公立病院改革懇談会座長や小山田恵・全国自治体病院協議会会長ら六人で構成。数カ月に一回議論し、病院のあり方や経営について助言する。 

 初会合では、「医師派遣は困難」などを理由に神戸大が北播磨の首長らに提案している中核病院構想を中心に議論。病院を統合して医師を集中派遣する同構想に対し、「実績ある病院を中核病院にしない限り空中分解する」「各自治体の意見をまとめるのは困難。現実味がない」など難色を示す意見が相次いだ。 

 また、「加西病院が機能を失った場合、住民の健康を守れるかを検証すべき」「研修医に人気の加西病院は残し、病院の役割や何ができるかを明確にして」などの声が上がった。小山田委員は最後に「近隣の病院と連携して機能分担し、ネットワークをつくることが先決」と力を込めた。 

 中川暢三加西市長は初会合を踏まえ、「構想については総論で賛成している。メンバーの意見を参考にし、地域医療の確保に努めたい」と話していた。