医師に去られて思いつめた副市長 医師不足で急増する医師紹介業の影


医師に去られて思いつめた副市長 医師不足で急増する医師紹介業の影 
2007.11.12 AERA   
 医学部人気は全国で高いが、卒業した医師は都市部に集中。 

 医師不足の病院に、医師を紹介する業者が急増中だ。 


 「あそこの枝に首つって死にてえ」 

 日本海に突き出す秋田県男鹿半島の男鹿市。副市長だった佐藤文衛さん(59)は、家の裏庭の松の木を見ながら、何度も思った。 

 今年6月、追われるように副市長の職を辞任した。それから、しばらく後のことだ。家にいても、何もすることがない。そんな時には嫌でも、裏庭の松が目に入ってくる……。 

 佐藤さんが辞職に追い込まれたのは、医師不足にあえぐ市立病院の医師の採用をめぐる騒動が原因だった。 

 男鹿みなと市民病院は人口約3万6千人の市の唯一の公立病院だ。医師不足は深刻で、2005年に10人いた常勤医が、開業したり辞めたりして昨年からは6人に。内科は常勤医1人という事態に陥った。 

 佐藤さんは、東京にいる秋田県出身者や親類ら、あらゆるつてを頼って医師を探した。 

 今年に入り、友人から東京の「メディカル・マネジメント社」の代表だという男性A氏を紹介された。A氏は「医療コンサルタント」として医師の紹介もしていると言った。 

 「医者を紹介できますよ」 

 本当に1カ月もたたないうちに、男鹿みなと市民病院に、女性医師(30)を連れてきた。医師の履歴書にはこう書いてあった。 

 「防衛医科大学校出身。現在は東京大学医学部附属病院の形成外科で研修中」 


 ●紹介業者に693万円 

 A氏は、契約書も持参していた。月2回、月曜日から水曜日まで3日間の内科医としての勤務に対して、医師に月100万円の報酬を払う。A氏には、紹介料630万円と、2年間にわたりコンサルタント料を月31万5000円支払う、という内容だった。 

 契約を結んで約1カ月後、医師が診療を始めた。ところがその直後、医師が、アルバイトの禁じられている防衛医官であると発覚。医師は結局、4日間勤務しただけで去っていった。 

 市はすでに、A氏に成功報酬とコンサルタント料2カ月分の合計693万円を支払っていた。市は成功報酬の返還を求めたが、A氏は、契約書を盾に応じなかった。 

 この693万円は、市議会の承認を受けて支払ったものではない。一部の市議は、佐藤さんの責任を追及し、辞任を求めた。 

 「確かに不備のある契約だったかもしれない。でも、地元に医師を連れてきたい一心であちこち探し回り、やっと見つかった医師だった。そんな努力は一切認めてもらえないのかと、つくづく嫌になった」 

 佐藤さんは嘆く。裁判の費用などを考慮して市はA氏を訴えるのをあきらめたため、佐藤さんは市長と2人で、693万円を市の病院事業会計に補填した。 

 それでも、佐藤さんは、A氏のことは悪く思っていない。 

 「もっとひどい医療コンサルタントに大勢会った」(佐藤さん) 

 医師は体が不自由なので車を準備してくれと言われ、行ってみたら、その医師が寝たきりの重体だったこともある。また、紹介された医師がこう言ったこともある。 

 「開業に失敗したので、その借金1億5000万円を肩代わりして下さい。そうしたら勤務します」 

 だから佐藤さんは言う。 

 「今回は、実際に一度は医師が来てくれたんだからずっとましだ」 

 男鹿みなと市民病院に医師を紹介したA氏に限らず、医師を募集している病院に医師を紹介する医師紹介業が最近、急増している。医師斡旋業や医療コンサルタントなど名称は様々だが、医師を病院に紹介する点は同じだ。 


 ●5年で紹介件数は10倍 

 紹介業が増えたのは、04年に研修医制度が変わってから。医学部を卒業した新米医師が研修先を自由に選べるようになり、大学病院に残る医師が激減した。とくに地方大学は研修医の充足率が低くなった(図参照)。 

 その結果、大学病院自体の医師が不足。大学病院の医局から派遣していた関連病院や僻地の病院の医師を引き揚げるところも増えている。このために大都市以外では、医師が不足するようになった。 

 大学の医局の派遣ではない場合、若い医師は、地方や過疎地の小規模な病院に行くのを嫌う。 

 「医局の派遣なら、1~2年で大学病院に戻れる保証がありますが、フリーな立場ではそれがありません。地方病院の勤務はきついし、小さな病院ではなかなか勉強もできません。専門医の資格を取るのにも時間がかかります」(秋田大病院の若手医師) 

 医局から派遣してもらえない以上、病院は独自に医師を探さなくてはならない。そこに、医師紹介業の需要が生まれる。一方、医師の側でも、大学の医局とは関係なく就職・転職したいと望む人が増え、就職・転職斡旋業への需要が増えている。 

 人材斡旋業者は全国で約1万社あるとされるが、その中で医師など医療系の人材紹介業者は、個人業者も含め、すでに100社はあるとみられている。 

 扱う件数もうなぎのぼりだ。業界大手の「メディカル・プリンシプル社」(東京都渋谷区)は、06年には非常勤医師を年約600件、常勤医師を年約400件紹介した。ここ5年で、紹介件数が一気に10倍ほど増えた計算だ。 

 そんな中、「就職」では最大手のリクルート(東京都中央区)がいよいよ医師の就職・転職にも乗り出した。05年末に医師や看護師の紹介業の老舗、日本医療情報センター社を買収。今年10月には社名も「リクルートドクターズキャリア」と改称した。 


 ●3万~4万人の市場に 

 「転職する医師も、求人する病院側も、これまで大学の医局任せの部分があり、就職・求人の基本的な情報・知識が不足しています。我々が支援できる部分はたくさんあると思います」

 リクルートドクターズキャリア社の雨宮玲於奈社長はこう語る。 

 05年に転職した医師は全国で推計約4000人だった。現在、転職を希望して同社に登録している医師だけで7000~8000人に達している。非常勤医の希望者はその10倍はいるという。一方、病院から預かっている求人は常時1万人を超えている。 

 「医師の流動化はまさに始まったばかりで、相当のスピードでまだまだ増える。この市場は3万人、4万人の規模になっていくでしょうし、そうしたいと思っています」(雨宮社長) 

 そんな中で問題は、医療関係の人材紹介業の規制がまったくない点だ。大手の老舗はともかく、雨後の竹の子のように乱立してきた業者は玉石混淆。それを、見極める方法が今はまだない。 

 男鹿みなと市民病院のケースは、長年この業界で働いてきた人たちからみると「考えられないケース」だという。まず、紹介料が相当高い。通常は紹介者の成功報酬は医師の報酬の2割。男鹿の場合は240万円が妥当となる。 

 また、通常は契約に「返還規定」があり、医師が半年以内に辞めてしまった場合は勤務した長さに応じて成功報酬を返金するのが常識だという。 


 ●アル中の医者を紹介 

 しかし、東北地方のように深刻な医師不足に悩む過疎地で、佐藤さんのように藁にもすがる思いの人たちに、つけこむ業者もいるようだ。紹介業者を通じて医師を雇い、トラブルとなるケースも目立っている。 

 東北地方のある民間病院では数年前、約300万円の報酬を業者に払い、外科医を紹介された。医師が赴任して1カ月ほどたったある夜のことだ。地元警察から連絡が入った。 

 「お宅の先生が酒気帯び運転をしていました」 

 それ以降、複数の看護師が、 

 「先生は診療中も酒臭い」 

 と言い始めるようになった。アルコール中毒だったのだ。結局、解雇せざるをえなかった。

 福島県内の民間病院には、 

 「医師紹介業者の求人サイトを見た。精神科を診たい」 

 と、50代の関西出身の男性医師が訪ねてきた。病院は2週間、約30万円の報酬で試用することにした。ところが、勤務日なのに平気で温泉巡りに出かけたため、正式採用をあきらめた。 

 「事前に面接をしても、働いてもらわなければ、業者から紹介された医師がいいか悪いかはわかりません。ある意味で、ババ抜きみたいなものです」 

 東北地方のある総合病院長はこう言いながらも、大学からも国からも県からも医師の派遣が期待できない現在、数社の業者に頼みをつなぎ続けている。 

 (秋田総局 釆沢嘉高、福井悠介 編集部 大岩ゆり〈写真も〉) 


 ■研修医の研修先にみる医師の充足率[07年度] 

 (都道府県別の研修医募集定員に対する充足率。医師臨床研修マッチング協議会の資料より) 

北海道 64.5% 静岡県 60.8% 岡山県 69.6 %
青森県 54.9 長野県 52.5 広島県 63.2
岩手県 52.7 富山県 42.7 山口県 46.3
宮城県 64.0 石川県 63.3 徳島県 65.5
秋田県 46.6 福井県 68.6 香川県 69.0
山形県 56.3 岐阜県 58.8 愛媛県 55.9
福島県 53.5 愛知県 70.3 高知県 48.8
茨城県 68.2 三重県 53.2 福岡県 75.2
栃木県 75.9 滋賀県  78.7 佐賀県 71.4
群馬県 55.1 京都府 81.6 長崎県 46.1
埼玉県 62.4 大阪府  74.9 熊本県 67.5
千葉県 76.0 兵庫県 79.3 大分県 50.9
東京都 86.7 奈良県 59.2 宮崎県 65.7
神奈川県  79.7 和歌山県 71.6 鹿児島県 51.7
新潟県 46.8 鳥取県  42.9 沖縄県  85.7
山梨県 58.4  島根県 42.1