2007年10月3日 島根県議会 講演:医師通勤ヘリ導入で、隠岐病院(隠岐の島町)を応援します・・60人の妊婦が、約70キロ離れた松江市などに本土出産のため渡った・・医師通勤ヘリの導入で強力にサポートを開始したいと思います

『2007年10月3日 島根県議会 講演・・ 医師通勤ヘリ導入で、隠岐病院(隠岐の島町)を応援します・・60人の妊婦が、約70キロ離れた松江市などに本土出産のため渡った・・医師通勤ヘリの導入で強力にサポートを開始したいと思います』  


地域医療は今:離島から/1 産めない島から産める島に /島根 
2007.09.27毎日新聞   
 ◇「お産の灯消したくない」 

 「赤ちゃん動いてるよー」。今年8月、隠岐病院(隠岐の島町)で出産を予定している女性(30)の妊婦検診。エコーで胎児を見ていた藤野千恵美助産師の声かけに、女性は穏やかな笑顔を見せた。「最近貧血気味みたいなんです…」「食事を気を付けて。緑黄色野菜なんかをたっぷり取ってね」。藤野助産師は女性の相談にじっくりと答える。診察が終わったのは約40分後だった。 

 女性には4歳半の長男がいる。「長男を抱えての出産で、隠岐で産めるのはとてもうれしい。本土で産むとなると不安ですね。助産科は女性同士で何でも聞やすく、本当に安心できます」と語った。 

   ■   ■ 

 「子どもを産めない島」。常勤産婦人科医の不在で、全国的にも「有名」になった隠岐諸島。隠岐病院は昨年4月から半年間、出産への対応を中止していた。産婦人科医の派遣元の県立中央病院で医師が不足し、派遣が困難となったからだ。同年10月には医師2人体制が復活し、いったんは出産対応を再開したが、4月からは再び1人体制に戻った。 

 通院していた約60人の妊婦は、約70キロ離れた松江市など本土出産のため、海を渡った。本土との船便も限られ、冬場は海が荒れ、船も揺れる。家族と離れての出産に、経済的・精神的不安を訴える妊婦の声も多かった。しかし、訴訟の増加や医師の高齢化などお産を取り巻く現状は厳しく、都会ですら産婦人科医確保は困難を極める。 

 そんな現状に助産師たちが立ち上がった。「隠岐でのお産の灯を消したくない」。産婦人科医の業務軽減と分べん継続を目指し、院内助産科の立ち上げを目指した。 

 県立中央病院で研修を積み、今年4月、助産師8人が助産科を開設。助産師だけによる分娩(ぶんべん)体制を構築した。2人目以降で正常分娩のみに限って出産を取り扱い、8月までに17人の赤ちゃんが元気に産まれた。 

 福本直美助産師は「常に緊張と責任を感じる。でもそれも醍醐味(だいごみ)です。まだ始まったばかりだけど、一歩一歩、隠岐にいるお母さんたちの窓口になりたい」と話す。 

 お産を守ろうという取り組みの中、自ら手を挙げた医師もいる。同病院に4月に赴任した産婦人科医、加藤一朗医師(34)だ。自治医大出身の加藤医師は県内の産科医不足を受け、一昨年には7年間経験を積んだ内科から、産婦人科へ転身。2年で分娩や帝王切開、婦人科系疾患などの専門領域を学び、隠岐病院に来た。 

 医師の転科も珍しいが、激務で訴訟も多い産婦人科への転向は極めてまれだ。加藤医師は「産婦人科を1人で担う意味でやりがいは大きい」と話す。助産科を支えるほか、人口の過半数を占める中高年女性の婦人科系疾患にも対応するなど、地域社会維持にとっても重要な役目を果たしている。 

 院内の助産師が分娩を扱う助産科は、隠岐が山陰地方では初めて。加藤医師のように内科もわかる産婦人科医のケースもまだない。加藤医師は「今後は内科に関してもある程度診られる産婦人科医になりたいとも思う」と話す。転身の経験や助産科の取り組みを全国に発信していきたいと意気込む。 

 限られた資源・人員の中で行われる地域医療。だが隠岐の「どん底」からの挑戦はいま、お産対応への一つのモデルを生み出した。 

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 慢性的な医療従事者不足、限られた航路、人口減少など離島医療を取り巻く環境は依然厳しい。隠岐の医療現場を歩いた。=つづく